七 オラール大佐

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七 オラール大佐

 ガイア歴、二八〇九年、七月。  オリオン渦状腕外縁部、テレス星団テレス星系、惑星テスロン。  首都テスログラン。テレス帝国政府テレス宮殿。  テレス帝国政府は首都テスログランのほぼ中央にある。  各省庁が並ぶ政府庁舎の北側にテレス宮殿があり、テレス宮殿北側の謁見の間に通じる中央通路の左右に、つまり東西に、テレス帝国の国政執務庁舎の翼があり、これらの奥の東西の翼に惑星テスロンの惑星政治執務庁舎がある。  二連の東西の翼を通りぬけるとテレス宮殿がある。テレス宮殿中央通路の奥に東西の皇帝の翼があり、ここに皇帝テレスの執務室と皇女クリステナの執務室がある。  謁見の間は、これら東西の皇帝の翼から、中央通路をさらに奥へ入った、大会議室ほどもある大きな間だ。  テレス宮殿の謁見の間へ続く広い通路を走ったエアーヴィークルが、西の皇帝の翼へと左へ曲がった。西の皇帝の翼の執務室の手前に小謁見の間がある。エアーヴィークルが小謁見の間の前で停止して、通路のフロアに降下した。 「ヴィークルを格納してくれ!」  オラールはエアーヴィークルから降りて、西の皇帝の翼を警護している親衛隊員に命じ、小謁見の間の入口に立った。  フロアと壁と天井から、指の太さほどの触手のような長いセンサーが伸びてオラールをくまなく探査し、入口の壁が左右にスライドした。  目の前に、明るく照明された小謁見の間が拡がった。  オラールは一歩、小謁見の間に足を踏みいれた。 「オラール大佐!待ちわびたぞ!」  小謁見の間の玉座から感激の声が響いた。玉座に座っているのは、バトルアーマーに身を包んだ皇女クリステナだ。十数分前から、小謁見の間の奥にある西の皇帝の翼の執務室からここに移って、オラールを待っていた。  皇女の傍らに、側近のチャカム・オラール侍従が、満面の笑みを浮かべてオラールを見ている。オラール侍従はオラールの一族である。  オラールは玉座の数メートル手前で片膝ついて跪き、深々と御辞儀した。 「遅くなり、申し訳ありません。陛下!」  オラールは頭をあげて、ふたたび頭を御辞儀した。 「オラール大佐。顔をあげて、ここに座れ!」  皇女はオラールに皇女の左の椅子を示した。皇帝一族に設けられた椅子である。  皇女の側近オラール侍従の一族とはいえ、オラールがこのような待遇を受けるのは破格である。 「はっ!」  オラールは皇女の指示に従った。 「さて、説明してくれ」  皇女は姿勢を変えてオラールと向きあった。 「〈ソード〉と〈ドレッドJ〉と〈サーチ〉をまとめてシールドし、星系間航路コンバットがこれら三隻の探査を不可能なことを示したうえで、〈ドレッドJ〉と〈サーチ〉が安定レベルの艦船で探査対象外に設定したことを伝えました。  全て仰せのままです」  オラールは皇女を見つめた。 「オラール自身を説明したか?」 「私がカプラムであることを強調し、テレス連邦共和国再建のために動いていることを伝えました」 「スキップした〈ソード〉を発見したか?」 「亜空間内に、〈ソード〉の痕跡はありません。メテオライトだけです」  オラールは小謁見の間の空間に3D映像と4D座標を表示した。  帝国軍警察本部は、帝国軍警察亜空間転移警護艦隊の旗艦〈タイタン〉を通じて、惑星テスロンのスキップリングから〈ソード〉が亜空間内で消滅した原因を探った。  判明したのは、直径十数フィゲル(十数センチメートル)の小メテオライトの集団だった。〈ソード〉はメテオライトと遭遇して破壊したと考えられたが、艦の残骸は亜空間内に存在しなかった。 「〈ソード〉が消滅とはな」  皇女クリステナは考えた。惑星ユングのラグランジュポイントから〈ソード〉が亜空間スキップして、同時に高速度のメテオライトに遭遇した。なぜメテオライトが出現した?4D座標にも3D映像にもメテオライト出現の痕跡は残っていない・・・。 「〈スティング〉の調査結果も見せてくれ」  皇女クリステナはオラールに命じた。  オラールは〈スティング〉の調査3D映像と4D座標を空間表示した。  帝国軍警察星系間航路コンバットは、〈スティング〉のレプリカ艦二隻を惑星ユングの惑星ラグランジュポイントに派遣して、静止軌道宙域と亜空間内の波動残渣を調査した。  亜空間内に〈ソード〉の痕跡は無かった。やはり直径十数フィゲルの小メテオライトの集団しか残っていなかった。 「くそ!最先端の探査設備を与えたんだぞ!  調査した二隻のクルー全員を処刑しろ!  罪状は結果を出せなかった探査不備だ!」  皇女は蠅を追い払うように手をふって、空間表示された3D映像と4D座標を消去した。 「処刑したところでレプリカンだ!オリジナルのオラールもクルーも消えぬ!  ご苦労だった。下がっていいぞ。  至急、惑星カプラムのスキップリングの亜空間転移警護を実行しろ!」  皇女は苛立ちを隠せないまま椅子から立ちあがった。オラールを見もせずに、西の皇帝の翼の執務室へと小謁見の間を退出した。    クソ、ヘマをしやがって一族の恥だぞ!お前は皇女の機嫌をそこねた!これから私が皇女の機嫌をなだめなくちゃならない!このことを忘れるな!  オラール侍従は、オラールを睨みつけて、皇女のあとを追った。  オラールは憤慨して椅子から立ちあがり、小謁見の間の入口へ歩いた。  調査巡航戦艦〈スティング〉のレプリカ艦のクルーは、旗艦〈タイタン〉に乗艦しているオラールと部下たちのレプリカンだ。精神と意識と記憶を共有した分身であり、遺伝子を引き継いだ家族や一族でもある。  レプリカンにも人格がある。精神と意識と記憶はレプリカン一人一人のものだ。精神と意識と記憶のバックアップを保管してあってレプリカン再生が可能でも、任務を達成できなかった兵士を抹殺していいはずがない。抹殺したレプリカン兵士のバックアップを修正して、新たなレプリカンに移植すなど絶対に許せない。  皇帝ホイヘウスの一族や彼らのレプリカンが抹殺されたら、皇帝一族は何を思う?いや、そんなことを考えなくていい。これまでに抹殺されたレプリカンの部下たちのために、必ず皇帝一族を処刑してやる!  そう思いながらオラールは小謁見の間の入口に立った。 「退出する!」  入口の壁が左右に開いた。 「ヴィークルを出してくれ!」  小謁見の間を出たオラールは警護の親衛隊員に命じた。  通路の壁がスライドしてエアーヴィークルがオラールの前に現れた。オラールはエアーヴィークルに搭乗して命じた。 「〈タイタン〉へ戻る!シャトルへ行け!」  オラールが艦長を務めるテレス帝国軍警察亜空間転移警護艦隊の旗艦〈タイタン〉は、現在、惑星テスロンの静止軌道上にいる。 「地階のスキップリングへ直行します」とエコヴィークルのAI。  オラールを乗せたエアーヴィークルは急速度で通路を戻り、テレス宮殿の帝国政府地階の亜空間転移ターミナルへ急行した。
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