サヨナラ、桜を見る君。

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銀髪の男は目を閉じた。 地球で過ごしたとても短い時間の記憶を思い出していた。 それは強烈な記憶だった。 満開の桜。雨に濡れた紫陽花。真夏の青空と入道雲。浴衣を着て見に行った花火。なぜか宇宙人の着ぐるみを着させられた文化祭。修学旅行で見た紅葉。色とりどりの明かりが灯る夜の街。降り積もった雪。そしてまた、桜。 故郷ではあれほど色鮮やかな光景を、男は見たことがなかった。 移り変わる季節のなかで、変わらない日常があった。毎日同じように学校に来て、授業を受けて、テストに追われて。喜んだり、落ち込んだり。狭い教室で彼らの世界は動いていた。 側にはいつも、よく笑う愛香がいて。 楽しい、愛しい、切ない、苦しい。 心が無ければ知らなかったはずのもの。 あの星で過ごして、いつの間にか色んなことを感じていた。 自分にも心があるのだと気づいてしまった。 男は目を開けて、呟いた。 「愛香」
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