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高校に入ってから、タカヒロの部屋に入るのは初めてだった。
「……なんで正座してんの。足崩しなよ」
黒髪の下にフチなし眼鏡、その奥にやはり黒い瞳。少しかすれた低い声。
初めて出会った中学の入学式の頃とは、身長も顔つきも、ずいぶん変わった。
「い、いやー。なんだか緊張するね、久しぶりだと」
私たちが付き合いだしたのは、中三の三学期。二人して高校受験の最終試験日が終わった翌日だった。
今は同じ高校の一学期。穏やかな五月の、日曜の午後。
中学の時は同級生たちと一緒に何度か訪れたことのあるタカヒロの部屋が、まるで別の空間のように思えた。
タカヒロの家は一軒家で、二階の南側にこの部屋はある。
カーペットの上に座った私たちはローテーブルを挟んで向かい合っていた。
「カナ」
「な、なに」
「今日、カナを呼んだのは他でもない」
ずい、とタカヒロが身を乗り出してきた。
「だ、だからなに」
「今日、うち、両親ともいないんだ、夜まで」
「だ……だったら?」
「カナ」
「は、はいっ」
「お茶を入れてくれないか」
私の沈黙は、三十秒ほど続いた。
「カナ?」
「……お茶を」
「ああ」
「どうして?」
「必要だからだ」
そういうことが聞きたかったわけではないのだけど。
「ま、まあいいけど……。何を入れたらいいの? 紅茶? コーヒー?」
「紅茶。葉はこれだ」
タカヒロは学習机の引き出しから、何やら黒い高級そうな缶を取り出した。
「なにこれ……高そう」
「駅前に、紅茶専門店あるだろ? あそこの」
「え! 本当に高いやつじゃん!」
何度もお店の前は通りかかったことがあるけど、とても中学生が手を出せる値段ではなかったし、それは高校生でも大差ない。
「もしかして、記念日的なやつ? その、私たちが付き合いだしてから、初めて部屋に入った記念みたいな」
「当たらずとも遠からずかな」
当たってないんかい。
「じゃ、キッチン借りるね」
いつもくだらない話をいくらでもしているのに、今日は何を話していいのか分からなかったので、少しほっとする。キッチンの場所は知っているし、以前友達と一緒にこの家でお茶を入れたこともあるので、勝手もわ分かる。
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