日曜の午後、あんずジャムなしザッハトルテ

3/5
前へ
/5ページ
次へ
 私がタカヒロの部屋を出ようとすると、背中から声をかけられた。 「カナ」 「んー?」 「カナって、かわいいよな」  は? と言いながら振り向いた。タカヒロは真顔だ。私は赤面している。 「長い髪がよく似合ってる。髪の色がブラウンになってから軽やかさが出て、いっそう顔が明るくなったと思う。立ち居振る舞いも女子っぽくてかわいらしいし」 「い、いや立ち居振る舞いはふつうでしょ……ていうかなに? どうしてそんなこと急に言うの?」 「必要なんだ」 「なにによ」 「なんでも。肩が少しとがってるのもかわいいし、制服姿もかわいいけど、今日のスカートもかなりかわいい。膝の形がきれいだよな」 「わ、わけ分かんない」  私はキッチンに向かい、階段を下りた。前々から変なやつだとは思っていたけど、今日は輪をかけておかしい。  もとから、男のくせにかわいいケーキが好きだったり、ハーブティだの光る鉱石だの変わった趣味があったけど、あまりストレートにこんなことを言うやつじゃないのに。  キッチンに入り、タカヒロのお母さんに心の中で「勝手にすみません」と唱えつつやかんにお湯を沸かした。  黒い缶のふたを開けると、とてつもなくいい香りがした。深く澄んだダージリンに、ほのかに花のようなニュアンスがある。 「うっわ、いいにおい……高そう」  透明のアクリル製ティーポットに葉を入れ、お湯を注いだ。  茶葉は対流に飲まれて踊る。たちまちお湯が紅茶に代わり、明るい琥珀色に染まっていった。 「ああ、やっぱり上手だな」 「うわ、びっくりした」  すぐ後ろに、いつのまにかタカヒロが立っていた。  タカヒロは冷蔵庫を開けると、中から紙の箱を取り出す。 「なにそれ」 「ケーキ」 「へえ、タカヒロが作ったの」  わざと冗談で言ったのだけど、 「そうだよ」 とあっさり答えられて、私はまた驚く。 「え! 食べるだけじゃなくて、とうとう作るところまで!」 「そう。ほら」  タカヒロが紙の箱を開いた。そこにはチョコレートケーキが2ピースある。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加