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私たちは再び、タカヒロの部屋のローテーブルの前に座った。
「わー、ほんとおいしそう。今、お茶入れるね」
私はふたつのカップに、ティーポットから紅茶を注ぐ。別世界のようにいい香りが、私たちを包んだ。
「タカヒロ、このケーキかなり練習したんじゃないの?」
「した。でも、今日のために繰り返し練習したのはこのケーキだけだ」
ん? どういうこと? と私はタカヒロの顔を見た。眼鏡の奥の黒い瞳が、まっすぐに私を見ている。
「ずっと夢だったんだ。あの紅茶店でお茶を買うのも、かわいい彼女をこの部屋に呼ぶのも、その彼女にお茶を入れてもらって、俺はケーキを作って、二人で食べるのも。そして、……それがカナなのも。全部、今日初めて叶った夢」
お茶を注ぎ切ったまま、私の手は空中でティーポットを持ったまま固まってしまった。
きっと、またひどく赤面しているに違いない。とても間の抜けた顔をしているかも。
「だから記念日っていえば記念日だけど、今言った全部の記念日だから。好きだよ、カナ。今日はありがとう」
「い、いえ……どういたしまして。こちらこそありがとう……ございます」
なんで敬語なんだよ、とタカヒロが笑う。
いただきますと二人で言って、私たちはお互いにかわいたのどを紅茶で潤してから、銀色のフォークでケーキを切り、口に運んだ。
甘い。と思う。
かなりおいしい。気がする。
でも、よく分からないような感じ。
あたたかくていい香りの紅茶に包まれて、ふわふわと空を飛んでいるみたいだった。
日曜午後、あんずジャムなしザッハトルテ。
なんと言って褒めればいいのか分からないまま、私は、眼鏡の向こうの微笑んだ黒い瞳を見つめていた。
終
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