失墜の王

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失墜の王

アーク王子達が、ノアトーン(とりで)へ向けて動き出した頃。 中央三国(ちゅうおうさんごく)の一つ、マクシミリア王国の、とあるトライデント支部の一室では、革張(かわば)りのソファに腰掛け、ワイングラスを片手に楽しげな笑みを浮かべるレオニーの姿があった。 「とうとう、アーク様が動き出したそうじゃねーか?ジル」 「あら、なんだか楽しそうねぇ、レオニー」 窓際で街並みを眺めていた褐色肌(かっしょくはだ)の女悪魔ジルが妖艶(ようえん)な笑みを浮かべて言うと、上機嫌のレオニーは、ワインを(のど)に流しながら答えた。 「そりゃそうだろ!あの馬鹿王の破滅が近いとなると、楽しくもなるさ!なあ?セオちゃん」 ブール王の失墜(しっつい)が近い事を(さと)っているのか、レオニーが笑いながらセオに問うと、彼は目を閉じたまま口を開いた。 「頃合(ころあ)いでしょう。アーク王子が(はた)(かか)げた時点で、ノアトーンはそう簡単に、トライデント教団の思い通りにはならないと解っていた。教祖も、それを知っていた筈。そして、カーマインも…」 ジルは腕を組み、大した事ではないと言わんばかりに笑みを浮かべた。 「まあ、一つ国を教団側に着かせられないからといって困るものでもないでしょう?この世界には、まだまだ沢山、玩具(おもちゃ)の王国があるんですもの」 これを聞いたレオニーは、空になったワイングラスをテーブルに置きながら口を開く。 「なんだよ、カーマインはノアトーン王国に未練(みれん)たらたらだったんじゃねーのか?魔法の研究に最適な″パワーポイント″が多いのを気に入ってるって言ってたのに、"人産(ひとう)みの魔法"に失敗しちゃったから()ねて、すっかり身を引っ込めちまってよー。いつも涼しい顔のカーマイン様が、可愛いとこあるじゃねーの」 からかうように言ったレオニーがソファにふんぞり返った所で部屋の扉が開き、ある人物が低い声音(こわね)で口を開いた。 「カーマインがブール王の元を離れ大人しくしているのは、ノアトーンに最早、見切りを付けたからよ。思い通りにならないと、直ぐだだをこねる子供のような貴方と一緒にしないで頂戴(ちょうだい)」 「あん?新米(しんまい)風情(ふぜい)が、偉そうに言うじゃねぇか。つーか、テメーがそれを言えた口かよ」 レオニーは、今し(がた)部屋へ入って来た目深(まぶか)にローブを(まと)う女に(するど)い瞳を向ける。 「なあ、ヨランダちゃん」 フードを取り去ったヨランダの目は、レオニーを(するど)(にら)み付けた。しかし、レオニーは彼女のそれに(ひる)むでもなく楽しげに次いだ。 「女は鞍替(くらが)えが早くて怖ぇなぁ。去年の今頃は、カーマインの作ったお人形とイチャコラしておいて、今じゃ、その(にく)きカーマイン様に抱かれる始末だ。昨夜(さくや)は随分と激しくシてたじゃねーか?隣部屋の事も、ちっとは考えてくれよ、なあ?お人形さんを旦那様にお持ちだった、ヨランダお嬢さんよお」 「ッ!」 (いか)りに目を見開いたヨランダがレオニーに向け手を(かざ)すと、彼女の手から触手(しょくしゅ)の様なものが勢いよく飛び出した。それは、レオニーの首を(から)め取ろうと伸びるも、ここで部屋に姿を現した人物の声によって止められる。 「やめよ、ヨランダ。ルーン様から与えられた力を、そのような下衆(げす)に向ける必要はない」 「カーマイン…」 カーマインは、ヨランダの傍を横切り窓際へと向かうと、街の景色に目を向ける。微動(びどう)だにしなかったレオニーが不敵(ふてき)な笑みを浮かべてヨランダを見遣(みや)れば、彼女は忌々(いまいま)しげに彼を(にら)んで触手を収めた。ヨランダのその姿を感心したように眺めていたジルが、ここで口を開いた。 「へえ…もう力を使いこなせているの?ヨランダちゃんが強化人間の適性者だったなんて驚きだわ。お人形さんより、随分(ずいぶん)良いものを手に入れたじゃない、カーマイン」 カーマインは、すぐ傍にいるジルへは顔を向けず言葉を次いだ。 「ここにいて良いのか?ジル。貴様が散々(さんざん)(もてあそ)んできたブール王に危機が迫っているというのに。あの玩具には、最早(もはや)()きたか」 「あら、飽きたりなんてしてないわ?だって、あの王様は私にご執心だもの。まだまだ使い道があるから、捨てるのは勿体無(もったいな)い。あの子は放っておいても私の胸に泣きついて来る。もうすぐね」 舌舐(したな)めずりするジルを一瞥(いちべつ)したカーマインは、ふんと鼻を鳴らして(きびす)を返した。 「ノアトーン王国の事は貴様らに一任すると、ルーン様からのお達しだ。それを伝えに此処(ここ)へ来た。私は、これより南方のムスペールヘイム王国へ向かう。新たな″パワーポイント″の情報を得たのでな、邪魔が入らぬ内、早急(さっきゅう)に押さえておきたい。ヨランダ、共に来い」 「ええ」 そう言って歩き出したカーマインの後に続き、ヨランダがレオニーの傍を横切ると、彼は頭の後ろで手を組み問い掛けた。 「このままノアトーンとはおさらばか?あそこにいる、お人形に未練(みれん)はないのかい?ヨランダちゃんよお」 これに立ち止まったヨランダはレオニーを(にら)み付けると、中指を立てて低い声音(こわね)を吐いた。 「(けが)らわしい事を言わないで、この下衆(げす)野郎」 「あらまあ、どっちが下衆なんだか」 ぱたん、と閉まる扉の向こうでレオニーの悪態(あくたい)が聞こえたが、カーマインの後を追ったヨランダはそれを無視し拳に力を込める。(しば)し廊下を行ったカーマインは立ち止まり、怒りを(おさ)えようとするヨランダへと振り返った。 「何を苛立(いらだ)っている、ヨランダ」 「あの男が、人形の話しをするからよッ!ああ…玩具(おもちゃ)(ちぎ)りを交わしたなんて、本当に私…最低だわ。思い出しても吐き気がするッ!」 ヨランダが青い顔で口許(くちもと)を押さえると、カーマインは表情に変化なく口を開いた。 「その過去は、あの模造体(もぞうたい)から間もなく消える。後は、お前が忘れてしまえば良いだけの事だ」 「ええ…そうね、貴方のかけてくれた"呪い"が、人形から過去を消し去ってくれる。そうすれば、私が偽られたものと(ちぎ)りを交わした事もなかった事になるわ、ウフフ…」 「フン…お前は、どこまでも()(まま)な女だ。他人の想いなど理解しようともしない、(おろ)かな女よ」 「そういう貴方こそ、過去を捨てきれずに悠久(ゆうきゅう)の時を生きているじゃない?亡くした何かを取り戻そうと、もがいて足掻(あが)いて、その結果、私を(おとし)めた」 ヨランダは、壁を背にしたカーマインに迫り、彼の頬に指を(すべ)らせる。 「憎い人…ああ、(ひど)く憎い。でも…私には、貴方の想いが痛いほど分かるわ」 「…」 カーマインの何かを知り得たのか、ヨランダは己の人生を狂わせた相手を忌々(いまいま)しげに見つめる瞳を潤ませ、彼に唇を近付けた。 「同じ痛みを感じるからでしょうね、だから、私は、貴方に憎しみと愛しさの両方を感じるのだわ」 頬に触れて来る彼女のその手を(つか)み、身を(ひるがえ)したカーマインは、逆に彼女を壁に押さえ付け、深く口付けた。 「ん…ふ…」 苦し気に口付けを受け入れるヨランダ。カーマインは彼女の腰や太腿(ふともも)に手を()わせ()で上げると、低く甘い声音(こわね)を彼女の耳元で吐き出した。 「憎むがいい、ヨランダ。貴様の人生を狂わせた私を。そして愛せ、貴様の痛みを知る私を。強き者は、(かて)となるものがあるゆえ強い。その(ゆが)んだ憎しみと愛が、強化人間としての貴様の糧となる。お前は両方を糧として生きよ。そのどちらをも感じられる相手が、目の前にいるのだから容易(ようい)だろう?」 「あ…ああッ!カーマインッ!」 己の体を()らすように触れるカーマインが首筋に舌を()わせると、ヨランダはもどかしそうな声を上げながら、愛おしむように彼の頭を抱え()でた。その二人の様子を物陰で見ていたのは、女悪魔ジルだった。 「成る程ねぇ、カーマインちゃんは、亡くした何かを取り戻そうとしてるのね。ウフフ…彼の過去は実に興味深いわ。もう少し一緒に遊びましょうか」 そう呟いた直後、ジルは、その場から静かに姿を消した。 一方、ノアトーン砦の地下闘技場へ潜入したアーク王子達は、砦の陥落(かんらく)を目指して作戦を順調に進めていた。 逃げ出した客や撤退するブール派の騎士達を追う事はせず、空になったホール内のあちこちの壁に、マジュが何かを仕掛けながら駆け回る。 そこへ、奥部屋に人気(ひとけ)が無い事を確認して出て来たアークが、広いホールを見回し、マジュの姿を見付けて声を上げた。 「マジュ!爆破(ばくは)魔導具(まどうぐ)のセットは?」 「ああ、抜かりない、所定の位置に仕掛けた。いつでも、発動出来る」 マジュがアークの元へ歩みながら言うと、アークは笑みを浮かべて口を開いた。 「よし!皆、もう少しこのホール内を調べて人影がなければ引き上げよう!」 王子の言葉に(うなず)いた一同は、それぞれに未探索の場所を調べ始めた。 その時… 「ッ!」 背後に気配を感じて咄嗟(とっさ)に身を(ひるがえ)したパーシヴァルは、何者かに右腕を()りつけられ間合いを取った。 「パーシヴァルッ!」 それに気付いたアークと一同が険しい表情で振り返れば、彼らの目に、剣を手にした一人の男の姿が映った。男は不敵(ふてき)な笑みを浮かべ、パーシヴァルを斬りつけた剣を一振りしながら口を開いた。 「何の騒ぎかと来てみれば、ブール王に(あだ)なす愚弟(ぐてい)ではないか」 「……フォラス」 兄の名がアークの口から小さく漏れる。フォラスは不敵な笑みを浮かべたままアークを見据(みす)えて言葉を次いだ。 「(ようや)(あい)まみえたな、アーク。兄王(あにおう)に代わり、俺が貴様をここで消すッ!」 禍々(まがまが)しい何かをフォラスに感じたアークも、不敵な笑みを浮かべて答えた。 「ハハ、消す?それは困る。まだ結婚もした事ないのに、死にたくないねー」     「フフ、相も変わらず掴み所のない男よ。我らに楯突(たてつ)くのは構わぬ、だが、それは、己の死を意味すると知れッ!」 「ッ!」 そう言ってフォラスが剣を持つ手を真横に持ち上げると、彼の背や腕の半身から無数の黒い(くだ)が、彼の腕と剣を包むように伸び始めた。それはまるで生き物の血管のように脈打ち、フォラスの持つ剣を包み込んだ。 「兄上…まさか、強化の力を…」 アークが目を見開き(つぶや)くように言うと、瞳が深い赤に染まるフォラスを見た一同も、皆、驚き身構えた。 「今日は闘技の参加者が多い。特別に他の強化人間も呼んでやろう」 そう言ってフォラスが左手をぱちんと弾くと、中央ステージの上に開いた穴から、三人の人間が床へ落とされる。 べたりと床に伏せたまま微動だにしないそれらが苦し気に(うめ)き出すと、フォラスは闇を(まと)う剣を、(おり)向けて()いだ。軽く薙いだだけのそれは、凄まじい爆風(ばくふう)(ともな)って檻を(くだ)く。その間にも、呻いていた三人の人間達は、それぞれに変貌(へんぼう)()げていた。 体を巨大化させる者、はたまた割れた腹から異形の顔を(のぞ)かせるものや、容姿そのものを四足歩行の(けもの)に変えるものなど様々で、流石(さすが)にこの場所で彼らと対峙(たいじ)するのはまずいと感じたカインが口を開いた。 「強化人間が三体…あんなのがここで暴れたら、岩盤(がんばん)が崩落し、皆、下敷きになりかねないぜ」 カインの言葉を聞き、それに頷いたのはマジュで、彼女はアークを一瞥(いちべつ)すると言葉を次いだ。 「ここで戦うのは良くない、一度、退()くべきだ」 「…ああ、そうだな」 アークが悔しげに頷いて目前の兄を(にら)み付ける中、腕を負傷したパーシヴァルの(そば)で槍を身構えていたジャンメールが問い掛けた。 「大丈夫ですか、パーシヴァルさん」 「(あん)ずるな、(かす)り傷だ。人の事より、己の身とアーク王子の御身(おんみ)を心配せよ、ジャンメール」 パーシヴァルは、(したた)る鮮血を止める為、衣服を破いて包帯代わりにそれを巻き付けると、二剣を構えて眼前を見据えた。その隣で頷いたジャンメールも槍を構える。 「さあ、アーク!楽しいパーティーを始めようではないかッ!」 後ろで(うめ)き苦しむ強化人間が動き出すと同時に、フォラスは楽しげな声を上げ地を()った。 アーク達がフォラスと対峙(たいじ)する一方。 数々の追手を(かわ)し、五十名近い人々を守りながらリキュール海岸へと到着したシグリッド達は、暗闇の中、浮かぶ巨大な黒船を見上げて立ち止まった。フリックはそれを指差しシグリッドに問い掛けた。 「あの船が、そうか?」 「ああ、恐らく、あれが…海賊船ブラックガデス号」 月明かりに照らされた、船首を飾る女神像すら、どこか不気味(ぶきみ)に映るその巨大船の姿に、アイリスは肩を震わせ、小さく呟くように言った。
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