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羽村くんは私の歩幅に合わせて、ゆっくりと歩いてくれている。ずっと無言だけど、もう怖いとは思わなかった。ただ、なんだか……、胸が詰まったような、苦しいような、へんな感じがする。
「あっ」
ふいに、私は足を止めた。
「金木犀の匂いがする」
ひんやりした10月の、黄昏の空気に混じって、金木犀の甘い香りが、鼻先をくすぐったのだ。思いっきり、吸い込む。
「この匂い、すごく好き」
つぶやくと、羽村くんも歩を止めた。
「そうか? 芳香剤の匂いっぽくね?」
「えっ! そんなことないし!」
思いがけず興が覚めるようなことを言われて、私は羽村くんを軽くにらんだ。羽村くんは苦笑した。
「たぶんこれ、俺んちに生えてる金木犀の匂いだと思う」
羽村くんの家の? こんなに強く香るってことは、この近くってこと?
「少し遠回りになるかもだけど、よかったら見てく?」
思いがけない提案に、私はこくりとうなずいた。
脇道に入り、少し奥に進んだところに、羽村くんの家はあった。白い大きな、洋風の一戸建てで、庭も広い。
「すごい。すてきな家だね」
もう、あたりが薄暗くて庭の様子は詳しく見えないけれど、金木犀の大きな木があるのはわかった。むせかえるほどの、濃い香りがする。
「見かけだけは、な」
羽村くんの低い声が、なぜだか少し、淋しげに響いた。見かけだけ……?
「そうだ。宮田さん、ちょっと待ってて」
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