借れる命の

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「紫陽花か・・・」  植え込みの中に花弁の鞠を見つけて、つい、その名を口にした。  桜と同様、紫陽花は開花の時期になると途端にその存在を主張し始める。  ここに、我ありと。  そして、夏の盛りに向けて気候がいっきに変わっていくぞと人間に教えてくれる。 「ここは、紫陽花好きが設計したのかな」  ひと一人が通れるほどの小さな小道沿いに、古来のものから改良種まで彩や形もさまざまな紫陽花が植えられていることに気付く。  見るからに高級なこの大型マンションのコンセプトは緑との調和だったようで、敷地内で四季のしつらえを楽しめるように様々な植木が施され、おそらく、憲二はそれが気に入ってここに居を構えたのだろう。  憲二は、花の名前を憶えない。  だけど、とても愛している。  彼の所有する財産をもってすれば、都会的なタワーマンションの高層階やホテルのスィートで暮らすのは容易いはずだし、おそらくその方がライフスタイルにもあっている。しかし、緑の多い場所をわざわざ選んだ。  無意識のうちの選択だろうが、重要なことだ。  持たされた合鍵でエントランスを通過し玄関に設置された呼び鈴を押したら、しばらく待たされたのち扉がゆっくり開く。 「・・・鍵があるんだから、勝手に入ればいいのに」  むっつりと、なぜか不満げな声で出迎えられた。 「そういうわけには」 「なんだよ、それは俺に対する当てつけか?」  いつも憲二は、時間も都合もお構いなしに、気が向いた時に声をかけてくる。  それは、昔から変わらない。 「おれの家はいいけど、憲のところはね・・・」  兄には人を惹きつける魅力がある。  誰もが時間を共にしたいと願うし、興味を持てばたまに応えることがある。  彼をとりまくすべては、彼だけのものだ。  誰も邪魔することはできない。 「どういう意味だよ、それ・・・っ」  苦笑すると、それを見とがめた憲が珍しく突っかかってくる。 「どうした、憲。何かあったか?」  顔を覗き込んだ瞬間、お互いの視線が強く絡み合い逸らすことができず、ふいに何もかも止まったような錯覚に陥った。  飴色の瞳が、今日はいつもより黄金に近い。  強い光に吸い込まれそうになりながら、なけなしの力を振り絞って抗う。
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