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海は恐ろしいほど青く美しく、酸素と思われる小さな白い泡がどこからか沸き上がる静寂の中、見上げた天には煌々とした光。
「月草、と言ったか・・・」
露草の、古代につけられた名を思い出す。
「月草の・・」
借れる命にある人を・・・。
逢いたいと、思った。
許されるなら、もう一度。
夢の海で見つけた、真実。
「お待ちください、憲二さん!!」
青の静寂が、突然途切れた。
目を開くと太陽は高く上がり、濃紺の麻のジャケットを軽く着こなした青年が目の前に立っていた。
「起きてください。話があります」
「・・・随分と、久しいな」
生まれた瞬間から踏みつけにし続けた、三番目の子。
「憲二。お前が私を訪ねてくるとはな」
琥珀色の瞳が強い光を帯びる。
「俺の方も、こうしてあなたを訪ねることになるとは、驚きですよ」
あなた、と、憲二は自分を呼ぶ。
父と、呼ばれたのはいつが最後だったか。
呼ばせたことすらなかったかもしれない。
それなのに、不思議なことに自分の瞳の色を受け継いだのは、この憲二だった。
幼いころはどんな色なのか、目元なのか解らなかった。
無いものとして無視していたせいもある。
しかし、彼もまた、こうして自分を見つめることはなかった。
それが少しずつ変わってきたのは・・・。
「ああ、そうか」
「・・・なにがですか」
ふっと笑うと、憲二の表情はますます険しくなった。
「いや。自分の中で、ようやく合点したことがあっただけだ。気にするな」
「気にするなとは・・・」
話がそれつつあることに、気が付いたのだろう。
ぐっと、悔し気に何かを飲み込んだ。
もう十分大人で、社会的地位も信頼も得ているにもかかわらず、優美に整った目元に何故か幼さが残る。
こんなに、表情豊かな子だったのだ。
それが解っただけでも、ここまで生きた価値はあるだろう。
「それで。・・・何をしにここまで来たのだ、憲二?」
目の端に、青の花びらが映る。
お前は。
お前たちは、どうしたい?
また、静かな海へ戻る前に。
「話を聞こう。そこに座りなさい」
残された時間は、そう、多くない。
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