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「長くは、時間を取らせません。まずは、これを見てください」
並べられた紅茶や軽食に口をつけることなく、憲二はいくつかの書類をテーブルに広げた。
「・・・これは?」
いくつかのの国とその地方名、そしてけた外れの金額が多く書き込まれた表にざっと目を通してから問う。
「隠し財産です。俊一の」
俊一。
十年以上前に亡くなった長男の名前をここで聞くことになるとは思わず、さすがに驚く。
「・・・どういうことだ」
「所謂、タックスヘイブンと呼ばれる所を利用して、俊一は生前錬金していたんですよ。金庫番を一人置いてね。ご存じなかったのですか?」
知らない。
誰よりも可愛がった長男だったが、何一つ知らなかった。
何を考え、何を愛しているかなんて、必要ないと思った。
その頃、自分は俊一に跡を継がせるための強固な権力を作り上げることだけに心血を注いでいたのだから。輝かしい未来さえ手に入れれば、幸福なんて後でついてくると思っていた。
「しかし、これはあれが亡くなる前のものだな。なぜ今になってこれを?」
「そうです。俊一と峰岸が一緒に亡くなった時、金庫番が欲に目がくらんで横領して逃げたと俺が気付いたのが・・・。二年後だったかな。妙な日本人が羽目を外しているとラスベガスで話題になって、顔を見たら見覚えのあるヤツだった。金庫番の金子。昔、一度だけ俊一に紹介されたけど、すっかり忘れてました。なんせ当時は高校生だったもので」
「そんなことが・・・」
俊一が事故死して、すぐに留学中の清乃を呼び戻して政治家に向いていると見込んだ勇仁と結婚させた。しかしそれがもとで清乃は心を病み、極限の状態で春彦が生まれた。思い出すこともできないほど、色々な事が真神家に降りかかり混乱しつづけた。
そのさなか、憲二は大学を休学して突然アメリカへ留学した。母親や勝巳にすら告げることなく、ふらりと近所へ散歩に行くかのように、軽く手を振って。
「まさか、お前がラスベガスなんぞに行くとはな」
「話を聞いて思うところは、そこですか?」
「ああ。私はお前の留学時代のことは全く知らないからな。まあ、こうして職に就いているということは、そこそこ有意義だったのだろうなとは思っていたが」
「え?」
「なんだ?私がお前のことを考えていると、そんなに驚くことか?」
「そりゃ・・・」
身を乗り出しかけて、憲二が我に返った。
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