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「・・・たしかにこれだけあれば、たとえ世界恐慌になったりお前たちが百歳近く生きたとしても、十分維持できるであろうな」
「なら、決定ですね」
「いや。そういうわけにはいかない」
「は?」
「昨日、勝巳が来て、ここをくれと言った。だから、やると約束した」
「ちょっと待ってください、それじゃあ勝巳は・・・」
「憲二」
「何ですか」
「その財産を隠し続けたのに今更なぜ私に知らせ、この庭を買うという」
「それは・・・」
言葉を選びあぐねて、憲二は唇を開いては閉じた。
「言えないか?なら、その話はのめない。勝巳の願いを、私は叶えてやろうと思う」
「・・・っ!それじゃあ、あんたは、勝巳にあの女と結婚しろと!」
「ああ、そうだ」
「・・・あんたは、やっぱり、真神のことしか考えてないんだな。義兄さんの愛人の子にここを取られたくないんだろう、しょせん血のつながりはないからな!」
清乃が生死をさまよいながら産んだ春彦は、生い立ちが大きく影を落として線の細い子に育った。世代交代するころに強力な後ろ盾がいない可能性を考えると、政治家にするにはかわいそうだと誰もが思っている。
ところが勇仁が気まぐれに触れた銀座の花は野心に満ち、産んだ息子を政治家にするべくありとあらゆる謀略をめぐらせ、いずれは清乃たちを追い出す腹づもりを隠さない。
気にかかることはいくらでもあるが、今は、まだ。
「真神のこれからは、どうにでもなると思っている」
「え・・・・」
『俺は、とても嬉しかった』
『とても、嬉しかったのです、お父さん』
勝巳が収穫してきた、無花果の果実。
あの甘さと舌触りの滑らかさは、きっといつまでも忘れないだろう。
彼の、心のうちと同じく。
「私は今、勝巳のことを考えている。・・・だが。お前はどうなんだ?憲二」
「はい?」
「お前は、本当に、勝巳のことを考えて、今、ここにいるのか?」
今の憲二は、まだ、幼いままだ。
それでは、渡せない。
勝巳を渡すことは、出来ない。
「そうだと言い切れないなら、私は、この庭をお前に任せることは出来ない」
「・・・なっ・・・!」
顔色を変えた憲二がいきなり立ち上がると、引きずられた椅子が大きな音を立てた。
傍の木にいたらしい小鳥たちが驚いたらしく、鋭い声を上げていっせいに飛び立つ。
木々が揺れ、窓からさしこむ光が交錯した。
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