借れる命の

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「・・・腹が立つ」  シートに背を預け、窓に向かって呟いた。  衝動的に駆け込んだ新幹線は意外と空いていて、自分の悪態なんて誰も聞きとがめることはない。  昼飯くらい食べて行けと、まるで普通の家庭の父親のようなこと平然とを言う真神総一郎に腹が立つ。  そして、ことが思い通りに進まず、激高した上に逃げるように飛び出してしまった自分の格好悪さにもっと腹が立った。  途中から、自分が何を言っているのかわからなかった。  ただ、初夏のしつらえも完璧なサンルームの中で、仁王立ちになって総一郎に不満を洗いざらい吐き出したことは、おぼろげに覚えている。  正気に戻った時に、興味深そうな目で見上げる総領の顔に深いしわが刻まれ、随分と老けていることに気が付いた。  あと数年で八十。憎まれっ子なんとやらもいいところだ。  そもそも、自分が中学生の頃はすでに還暦だったはずで。 「そういや喜寿祝いなんかはどうしたんだ?やるもんだろう、普通」  秘書たちからそういった連絡を受けた覚えは、まったくない。  その普通が、どこにもなかったのだと気が付いた時、腹の底で重い何かが蠢いた。  普通じゃなかったくせに。  自分たちを、無視し続けたくせに。 『お前は、本当に、勝巳のことを考えて、今、ここにいるのか?』  勝巳を、勝巳の何が、お前に解る。  記憶の中よりも、ずっと小さくなった総一郎の身体。  それにもかかわらず、昔よりなぜか一層輝いている大きな金色の瞳の力に怯んだ。  せいいっぱい虚勢を張って言い返しながらも、小さな不安が心をむしばむ。  勝巳って、なんだろう。  あいつは、何を考えている?  生まれたその瞬間から傍にいて。  呼んだらいつでも、やってきて。  小さいころは、ぽろぽろととりとめのないことをしゃべり続けていたのに。  いつからか、黙って座っているだけになった。  それはまるで、年を取ることがゆっくりな犬であるかのように。 「・・・っ!」  駄目だ。  今は、それを考えるときじゃない。 「それどころじゃない・・・」  早く。  早く、俺がなんとかしないと。
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