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「あの雨の日…。愛音が池ちゃんだって分かった時…。俺は全部思い出したんだ」
彼が、私を抱きしめたままゆっくりと話し始めた。
「思い出した?」
彼が何のことを言っているのか、まるで見当がつかなかった。
「俺は昔、常連になったバーのソムリエに恋をした。けど、俺はこんなだし…思われても迷惑だろうと思って、あえて何も告げなかったんだ…」
彼は…何を…。
「想いを告げて気まずくなるくらいなら、客として笑顔を見ていたほうがいい…。と思っていた。けど、その年のライブ終わりに店に行った時、酔いと興奮した勢いで…俺は、彼女に無理やりキスをしてしまった…」
彼の優しい声が耳元をくすぐる。
私の聞きたかった事を、まるで音楽を奏でるみたいに柔らかく。
「彼女はそりゃあ驚いた顔してさ…今にも泣きそうな顔して…。全力で拒否されたよ」
違う…。そうじゃない…。私は…。
彼が、少し驚いて顔を上げ、私の目から溢れている涙をそっと唇で掬い、優しく髪をなでた。
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