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「ライオンって好きですか?」
唐突な質問だった。俺のそばにしゃがんだ鍵谷は、三十センチほど離れてはいるがほぼ真上から俺に話しかけている。気は狂わないのだろうか。
「犬か猫かならわかるけど、ライオンは知らん」
「酷いなあ。ライオンは今もあなたよりよっぽど有意義に生きてるんですよ。それをなんですかあなたは、あなたのくせに」
そう言って彼は立ち上がり、俺を蹴飛ばした。手加減はされたが、痛い。
しかし、この件に関しては正しいのは俺のほうであるはずなのだ。いきなりアフリカのあたりに生息する大型の肉食獣についてコメントを求められても困るだろう。とんとんとつま先で突かれながらそう思う。
「なんでそんなことが気になるんだ」
「気になるでしょ。同居人の趣味ですよ。僕がライオンの剥製を持って帰ったとして、発狂されたら困るじゃないですか」
「そんな趣味があるのか」
「ないですけど」
というかいい加減起きてくださいよ。やや呆れた調子で吐き捨てた鍵谷は、足を床と俺の背中の間に差し込んだ。足の甲の感触が微妙に気になる。ここで起きたら彼の思うつぼなので起きようとは思わないが、なかなか効果的な嫌がらせであることは確かだった。
「とにかく今はライオンです。好きですか? それとも嫌い?」
今度は人の背中の下で足をグーにしたりパーにしたりチョキにしてみたり、俺などいないかのように遊び出した。座布団もない床にどっかりと座り、片足を他人の下に入れて遊んでいる。
鍵谷はバカなのだ。頭でっかちですぐになんでも知ろうとする。欲しい知識が手に入らないと駄々をこねる。そんなストレスフルな生き方しかできないから、間違いなくバカである。
「……ライオンは嫌いだよ。百獣の王とか言って偉そうにしてるからな」
そしてそれに付き合う俺もまたバカだった。
「でもそれって人間が勝手にそう呼んで勝手に祭り上げてるだけですよね?」
「祭り上げられるような立場にいるやつが悪いんだよ。俺はそういう力のあるやつが嫌いなんだ」
好き嫌いは理屈ではなく感情だ。それを教えた日から、鍵谷はこうして俺に好き嫌いを聞くようになったのだ。実験やら証明やらのつもりなのだろうが、俺にとっては果てしなく迷惑であった。
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