らいおん

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「ライオンはそんなに強いんですか」 「強いだろう。アフリカだかサバンナだかでしょっちゅう草食動物を食ってるぞ」 「狩りは失敗することもあるって聞きますよ」 俺を起こすことは諦め、鍵谷はローテーブルの向こう側へ渡った。透明な天板に頬杖をついて、その下の俺を見つめる。 「だからといってヌーが強いわけでもない」 「そりゃそうですけどお」 微妙に語尾が伸びるのは納得していない証だ。同居を始めてからひと月も経っていないのに、俺はもう鍵谷の癖をだいたい把握していた。小さな子どもがするように頬を膨らませている様が見てとれる。 「ならやっぱり、ライオンが強いんだ。肉食獣は強くなければ生き残れないから」 「まああの辺コンビニとかなさそうですしね」 あったとしてもライオンには使えない。そこに突っ込むと話が脱線しそうなため、俺はその言葉をぐっと堪えた。鍵谷が部屋に来てから、忍耐力は確実に身についている。 知っていることを善とし、無知を悪とする鍵谷の考え方は非常に幼いものだ。少なくとも俺はそう思う。何でもかんでも知りたがったその先に救いがあるとはとても考えられない。程々が一番である。 「でも、ライオンは子どものころはほとんど猫じゃないですか。かわいいですよ。あれもダメですか?」 「……いいか。あれはライオンの社会にとっては荷物だ。人間から見てかわいくても、それはあの中では通用しないんだよ」 言ってから、ふとそれは鍵谷も同じではないのかと頭に浮かぶ。十代の後半、または二十代の前半であろう彼は、学校という守られた空間の中では「かわいく」いられたはずなのだ。それが社会に出たから淘汰された。おかしくなった。 「お前は知らないようだけど、子ライオンは弱いから他の群れから狙われる。弱いから餌の優先順位が低くて飢えて死ぬ。かわいいってのは、弱いってことなんだよ」 今までは「無知でかわいい」という評価を受けてきたはずの鍵谷は、一転人間社会での無知の弱さを知った。きっと、彼の知りたがりは自己防衛なのだ。 「大変なんですね、ライオンも」 そう呟く姿が、やけに似ていた。弱く小さく無邪気で邪魔な動物が、目の前の彼の姿と少しだけ重なった、気がした。
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