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壁に掛けられた時計を見ると、七時を少し過ぎたところだった。義父は毎晩帰宅は遅いが、今日は麒麟の卒業式だったから、もしかしたら早めに帰宅しているかも知れない。
繋がらない携帯に、姿の見えない息子。それに気づいたとき、義父は何を思うだろう。慌てて捜し回るだろうか。
さすがにこれだけ遠くまで来ればそう簡単には見つからないだろうとは思っていても、万が一追ってきたときの義父の姿を想像すると寒気がして、麒麟は不安を掻き消すようにカレーを掻き込んだ。
その様子を見ていた男が、空になったビール缶をコン、とテーブルに置いて麒麟の顔を覗き込んできた。
「……お前、名前は?」
その問いは、正直麒麟が最も嫌いな質問だった。
名前を名乗って、笑われたり、驚かれたりしなかった記憶がないからだ。
「……笑わない?」
「笑うって、そんな面白ぇ名前なのか? そういうこと言われると逆に期待しちまうだろうが」
名乗らない内から、男はもう笑っている。でも何となく彼は他の誰とも違う反応を返してくれるような気がして、麒麟は食べ終えた皿をテーブルに戻してから静かに口を開いた。
「……立花、麒麟」
「……キリン? 面白いっつーか、随分珍しい名前だな。親のどっちかが動物好きなのか?」
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