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「僕が何度言っても熊谷はずっと過去に囚われたままだったけど、君はそんな熊谷にやっと、前に向かって踏み出させてくれた。そのことにも、僕は特別なものを感じてるよ」
「そんな……俺はなにも……」
どちらかと言えば、麒麟の方がいつも熊谷に助けられてばかりな気がする。けれどそんな麒麟の言葉に、月村は肩を竦めて視線でドアを示した。
「その謙虚さというか無自覚さが、君の良いところだね。きっと外の熊男は、今頃君を心配してドアに張り付いてる気がするなあ」
後半、声量を上げた月村の言葉に応えるように、「おい、まだか!?」と外からドアを叩く熊谷の声がして、麒麟は思わず月村と顔を見合わせて笑う。
「熊谷さんに席を外させたのって、この話の為ですか?」
「それもあるんだけど……もう一つ、改めて確認しておこうと思って」
「確認?」
首を傾げた麒麟の目の前で、月村が白衣のポケットからかつて麒麟から没収した抑制剤の薬瓶を取り出し、デスクの上に置いた。
「もう二回発情期を経験して、大体感覚もわかったと思うけど、今後抑制剤はどうする? 勿論、出すとしてもこの薬じゃなくて、ちゃんとしたヤツだけどね」
月村に問われて、一度だけ瓶に視線をやった麒麟は静かに首を横に振った。
「もう、薬は飲みません。熊谷さんのこと、哀しませたくないから」
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