第一話

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「そうか……なら、お前の母親は無念だったな」  隣で落とされた呟きに、無念だったんだろうか?、と麒麟は内心首を傾げる。  義父と結婚してから一年もの月日があったのに、二人が敢えて番にならなかったことが、麒麟にはずっと疑問だった。番になれば、Ωも例え発情期が来ようと、番った相手にしかフェロモンを発さなくなるので、随分と生活しやすくなるのは間違いない。なのに二人が番にならなかったのは、どちらかが、番うことを拒んだんだろうか。  それに何より疑問だったのは、結婚して間もない頃、母が突然、麒麟名義の通帳を渡してくれたことだ。  義父は生活に必要な物は何でも買い与えてくれていたし、もう貧困に悩まなくても良くなったのに、どうして今…と麒麟は不思議に思いながら通帳を受け取ったのを覚えている。  残高欄には、一体いつどうやって貯めたのか、『3』の後に、『0』が六つ並んでいた。もっとも、その当時まだ小学生だった麒麟には、通帳を受け取った理由も、その金額も、ピンとこなかったのだが。  受け取って以来、ずっと仕舞ったままだった通帳が、まさか家出資金の役に立つなんて、そのときは思いもしなかった。 「良くしてくれてた父親から、なんで離れたかったんだ。反抗期か?」     
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