第一話

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「そんなんじゃない。ただ、中学の頃からずっと決めてたんだ。高校を卒業したら、家を出るって」  義父が、母が生きていた頃のままだったなら、恐らく麒麟も家を出ようなんて思わなかっただろう。αの庇護下で暮らせるのなら、それほど有難いことはない。  けれど、義父は変わってしまった。────五年前の、あの日から。 「────…い、おい!」  大きな手に肩を揺すられて、ハッと我に返る。知らない間に、水の入ったグラスを強く握り締めていたようで、慌てて何でもないフリで水を喉へと流し込む。  そんな麒麟の様子に男は少し困惑げにまた項を掻いた後、肩を掴んでいた手を麒麟の頭へ移して、またも髪をくしゃりと撫でた。 「まあ、お前くらいの年頃なら色々悩むこともあるだろ。Ωなら尚更な。俺は気楽な独り身の工房住まいだ。寝床がソファで良けりゃ、お前の気が済むまでここに居りゃイイ」 「……ここ、居させてくれんの?」 「その代わり、飯やら洗濯やらの生活面は、居候として手伝って貰うぞ」  パッと見は厳ついけれど、実は案外優しい顔で『熊』が笑う。 「そう言えば、アンタの名前は?」  このままでは危うく『熊さん』と呼んでしまいそうなので麒麟が問うと、二本目のビールを取りに行った男は冷蔵庫を開けながら項を掻いた。     
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