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「入ってきてくれ」と言われたが、こんな見ず知らずの、しかもΩの自分が勝手に上がり込んでも良いのだろうか。そう言えば、とにかく家から離れることに必死で、Ωの自分が簡単に宿を提供して貰えるのかという問題を、すっかり失念していた。
ドアの取っ手に手を掛けたものの、いざ開くことを躊躇っていると、「何だよ、悪戯か?」と溜息混じりの声が聞こえてきた。
……そうだ、このドアの向こうに居る相手がこれまで麒麟の周りに居た連中のようにΩを蔑むような人物とは限らないし、ひょっとしたら麒麟と同じΩかも知れないのだ。それに何より、自分は家を出ると決めてここまで来たのだから、今更帰る場所なんてない。引き返す道なんて、もうないのだ。
「………っ、失礼します……!」
意を決して、麒麟はそうっと重い木の扉をほんの少し押し開けた。
ギイィ…、と鳴き声みたいな音が響いて、木の香りが鼻先を掠める。
三十センチほど開いたドアの隙間から、そろりと小屋の中を覗き込むと、
「ん……? てっきり八百屋の配達かと思ったら、見ねぇ顔だな。何か用か」
炎を噴き上げるガスバーナーの前でゴーグルを掛けた大きな『熊』が、チラリと麒麟の顔を一瞥した。その手には剣のようにも見える真っ赤に熱された長い棒のようなものが握られていて、麒麟は反射的に「失礼しました!」と慌ててドアを閉じてしまった。
(く……熊が何か作業してた……!)
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