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第一話
思いつくままに電車を乗り継いで、もうどのくらい時間が経っただろう。
立花麒麟が乗る電車は、穏やかな鼓動のような規則正しい音を立てながら、長閑な田畑の中をゆったりと走行している。
同じ車両に乗り合わせた乗客が、元々少し色素の薄い茶色がかった猫っ毛に、母親譲りの長い睫毛を時折瞬かせる垢抜けた麒麟の顔を、物珍し気にチラチラと見てくる中。麒麟は、ジッと窓の外を流れる景色を眺めていた。
利用し慣れた地元の駅を出たときは丁度真上にあった太陽は、遠くに見える山と同じくらいの高さまで傾いていた。
さすがにここまで来ると車内は乗客の姿もまばらで、あまりにもゆったりとした空間に、都会では決して逃れられない『第二の性』のしがらみすら忘れそうになる。
───高校を卒業したら家を出る。
Ωとして生まれた麒麟は五年前からずっとそう心に決めていた。
卒業式だったこの日。
今となっては唯一の家族である義父から、「どうしても仕事で式には出られない」と言われたとき、麒麟は「だったら今日しかない」と密かに拳を握り締めた。
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