第五話

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第五話

  ◆◆◆◆  ────四年前、都内某所。  季節は、いよいよ秋から冬へと変わり始めていて、吹きつけてくるビル風もすっかり冷たくなっていた。  ビルに囲まれた都心特有の風の強さに片目を眇めながら、熊谷は一際背の高いオフィスビルの前へと辿り着いた。  ビルの天辺を見上げると、遥か高い最上部に、恐らく誰もが名前くらいは知っているであろう、大手IT企業のロゴが光っている。眩しさに目を細めながら、熊谷は苦手なネクタイを締め直した。その胸元でも、弁護士バッジが太陽の光を受けて微かに光る。  熊谷がこのビルを訪れるのは、今日で二度目だ。  一度目は、先月までこの大手IT企業・F社の顧問弁護士を務めていた上司から、その座を引き継ぐ旨の挨拶の為だった。  熊谷自身は、どちらかと言えば企業相手より個人相手の仕事の方が好きだったのだが、二十九歳という若さでこんな大企業の顧問弁護士を任せて貰えるというのは、熊谷が弁護士として信頼されている証でもあったので、断ることも出来なかった。  同じ弁護士の父を持つ熊谷にとって、弁護士というのは身近な仕事ではあったのだが、正直なところ、最初は特別な興味はなかった。     
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