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勇者様が身じろいで、僕は体を固くした。勇者様の瞼を縁取る艶のある黒い睫毛が震え、ぼんやりとした瞳が少しの間彷徨った後、僕を捕らえた。
「!? …ベ…」
べ?
ガバリと起き上がった勇者様は僕を凝視した後、目を逸らした。
「……起きるの遅せぇんだよ、このノロマ」
「ぇえ…?」
なにその理不尽な『ノロマ』発言。
でも勇者様は全然僕を睨んでない。眉を寄せて、悔しそうな悲しそうな表情を浮かべている。この表情どこかで見たことがある。
どこで? 僕は今まで何をしてたっけ?
「……あ、えっと、魔王…? あれ? 夢?」
「夢なわけねぇだろバカ」
「うう…。じゃあ、どうして勇者様と裸で一緒にベッドに寝ているのですか」
「…そりゃヤることヤったからに決まってんだろ」
「…………」
夢だ。これはきっと何から何まで夢だ。
そう、あの時勇者様に手を握られながら天命を全うしたはずだし、僕は今天国で夢を見ているのだ。夢の中だからもっと甘い言葉をかけてくれても罰は当たらないと思うのだけれど、相変わらずヒドイ。
「ったく、おまえが飛び出してくるから、…」
何やら勇者様はぶつぶつと文句を垂れている。夢の中でも口の悪さは健在だ。
「すみません。僕にはあれぐらいしか…」
「…………」
「でも、勇者様が無事でよかったです」
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