インク瓶の底に眠る

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「随分昔の話ですが、インクの調合を生業としておりました時分に、それを見つけて夢中になりました。なにしろ自分が作ったインクの中に、まったく知らない世界が広がっているのですから。これが不思議なことに、物語は変化する。壜の中でひっそり息づくもともとのお話と、それを孵す人の、心だと推していますが、によって出来上がる物語が決まるというわけなのです。どうです、興味深いでしょう」 言葉を切って、じっとこちらの目を見つめた。 僕はうなずく。 「卵を孵化させるのと同じ要領で、条件がかなったときはじめて物語として生まれることができるのです」 そう言ってから、声をひそめた。
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