インク瓶の底に眠る

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「インクに秘められた物語は実に魅力的でした。何十章にも渡る壮大な叙事詩のようなこともあれば、道端に咲く可憐な花の如き掌編であったり。恥ずかしながら、往々にして物語にのまれてしまうことがありました。夜通し物語の解読に耽って、仕事を疎かにしてしまったのです。ろくに研究せずに、相性の悪い色を混ぜてたくさんの不良品を拵えた。組み合わせる物質の特性を見極めないと固まったり、使っているうちに色が変わったり、使い物にならなくなる。実に愚かなことです。… 結局 、職を辞しました」 店主は遠い記憶を手繰るように目を細めた。 耳朶に心地よい声が途切れ、柱時計が時を刻む音だけが二人の間に流れる。
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