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「──どこだろう? ここ」
加賀葵はひとり、未舗装の田舎道に立っていた。サービス残業で早朝に会社を出て、重い体を引きずりながら、ヨレたスーツと共にいつもと同じバスに乗り込んだ──はずだった。しかし、今朝選んだのはどうやら別のバスだったらしく、さらに寝惚けていたせいで普段見慣れない景色に混乱し、訳もわからず何故かバスを降り、こうして全く見覚えのない大地に立つに至っている。
「次のバスは……夜の7時!?」
帰りの時刻表を見ると、田舎らしく殆ど時間が書かれていなかった。1日に訪れるバスは2本、次を待つには丸一日ここに居なければならない。
「携帯も圏外だし、人もいないし」
葵が携帯を開いたが、どうやらナビの類は使い物にならないらしい。道を尋ねようにも周囲に人気はない。まさかこんな所に来ると思わない葵は、地図など持っているはずもなかった。
どうしたものか、そう頭を悩ませていると、目の前を1匹の白猫が横切った。
「あ、猫」
白猫が「にゃぁ」と鳴く。かがんで白猫に手招きしてみると、猫は近づき手を前にして座り込んだ。
「もうこの際、猫さんでもいいや。猫の手も借りたい気分だし」
自分の手を凝視する白猫を見ながらつぶやく。徹夜明けで眠たい葵でも、我ながら何を考えているんだと思った。だがそれも面白い話だと思えてしまったのも、おそらく眠気のせいだろうか。
「もしもし、ねこさん。街はどっちですか」
葵は手で猫をじゃらす。白猫は無言でただ手を見つめているだけだ。
「……なーんて。猫がしゃべるわけないよね」
あはは、と乾いた笑いを流す。すると、白猫が葵の手のひらにポンと手を載せ
「いや、喋れるが」
と葵の顔を見上げた。
「しゃべった」
白猫から聞こえる紳士的な声に驚く。
「なんだお主、街へ行きたいのか」
「あ、はい」
「よし、案内してやろう。私についてこい」
それだけ言うと、猫は葵の手から離れ、小さな足で歩き始めた。これは夢かもしれないと薄ら考えながら、葵も白猫の後を追う。
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