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1人と1匹はどこまでも続く畦道を歩く。
「お主、余所者だな」
葵の前を歩く白猫が言った。
「よくわかりますね」
「でなければ、その見た目のヤツがこの地で迷わん」
「それもそうですね」
暫くの沈黙が葵たちを包む。
「ところで猫さん。なんで喋れるんですか?」
思い出したように、葵が白猫に尋ねた。
「長生きだからな」
猫は振り返らずに答える。
「そういうものなんですか?」
「そういうものだ」
それだけ葵と白猫が交わすと、今度は白猫が尋ねた。
「お前こそ、あまり驚かないな? 喋る猫だぞ?」
「驚いてますよ。私、驚いたら逆に冷静になるんです」
白猫に続いて、葵は足を止めずに答える。
「そういうものなのか」
「そういうものです」
しばらく進むと葵と白猫は十字路にさしかかった。すると白猫は初めて足を止め、右の方へ頭を向ける。
「このまままっすぐ行けば駅につける。すぐ来る電車を使えば街に帰れるだろう」
葵も白猫の視線の先を覗き込むと、少し離れた先に寂れた駅のようなものが見えた。
「ありがとうございます。助かりました」
安心した葵が白猫に頭を下げる。しかし白猫は全く気にしていない様に踵を返すと
「迷わないように気を付けるんだぞ」
とだけ言い残してどこかへ行ってしまった。
──
葵が駅に着き改札を通るや否や、示し合わせたかのように電車がやって来る。猫さんの言っていたのはこれだろう、と直観的に葵は乗り込む。座席に腰掛けると、疲れのせいもあり気を失うように眠ってしまった。気付いたら聞きなれた最寄り駅へ到着していた。
車掌のアナウンスに慌てて飛び起きた葵は、列車を降りて帰路につく。その間、たびたび「あれは夢だったのか」と思い返していた。
しかし、葵の生活はその不思議な経験に関係なく続く。満員電車に揺られ、無理難題な量の仕事をこなし、上司に怒鳴られ、好きでもない同僚から言い寄られる毎日が流れてゆく。そんな中で、葵の頭の中にはあの日の白猫の姿が残っていた。あの光景が実在したものなのか確かめたいのもあったが、あの白猫のお陰で帰れたとお礼をしたいという思いもあった。その心境から
「今週末はもう一度あのバスに乗ってみよう」
と考えながら日々を送っていく。
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