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お礼
──
「ここだったよね」
葵は事前に調べた地図と、手土産を持ってあのバス停に立っていた。あの時と同じ場所、同じ風景が広がっている。辺りを見渡すがあの白猫の姿は見えない。
「猫さーんいらっしゃいますかー?」
葵が呼び出すように声をあげると、後ろから
「にゃーん」
と可愛らしい鳴き声が聞こえた。
「あ、猫さん。こんにちわ」
葵がかがむ。すると白猫が
「おお、いつぞやの子か。どうした、また道に迷ったのか?」
と尻尾を振りながら近づいてきた。
「違いますよ。この前のお礼に来たんです」
葵は手土産の紙袋から小さな発泡スチロールの箱を取り出す。
「ほう、お礼か。気にしなくてもよいのに」
そうは言うものの、白猫は興味津々に箱へ近づいてくる。
「何にすればいいかわからなかったので、とりあえずお魚です。とれたてです」
葵が箱の蓋を取ると、中には小魚が入っていた。
「うむ、なかなかだな」
「お気に召しました?」
「召すも召さないも、その気持ちで十分嬉しいものだ」
白猫は小魚を咥えると、少し嬉しそうに喉を鳴らした。その様子を見て葵も
「そうですか」
と微笑んだ。
あの時と同じ道を1人と1匹で歩く。一言も話さず、ただ歩く。砂を踏む音と草木の揺れる音だけが広がる。葵は都会の喧噪の無い今が、どうしようもなく心地よかった。そして、あの時と同じ十字路で白猫の足が止まる。
「猫さん、ここに来れば会えますか?」
駅に向かって少し踏み出した葵が、白猫へ振り返る。
「まあ会えるかもしれんな」
白猫は、ふんと鼻で笑った。
「また来てもいいですか?」
「こんな田舎に来ても何もないぞ」
「都会に住んでる身としては、いい気分転換です」
小さく笑う葵と対照的に、白猫は
「そうか」
と不思議そうに首をかしげた。
「では、また来ます」
葵は白猫に背を向け、駅に歩き始めた。
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