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『さよならの理由』
――朝特有の薄暗さと冷たさに包まれた教室に、いきなり入ってきた先生は、大きな字で黒板にそう書いた。
さよならの理由。机に腰かけながら、その様子をぼんやり見つめる僕は、思わず苦笑してしまう。
「さよならの理由」彼はハキハキとその言葉を読み上げ、バンッと黒板を叩く。「……一般に、いきなり別れを告げられた相手は、それが言葉だけにしろ、事実も伴うにしろ、その理由を知ることは難しい」
「急ですね」
僕が茶々を入れても、先生は真剣な顔を崩さない。
「特に、その『さよなら』が事実だった場合には、理由を聞くことは出来ない」
「さよならが事実、ってどういうことですか」
「つまり」先生は食い気味に答える。「相手がいきなり死んでしまった場合」
「話題が物騒ですよ」
「何故死んだのか? そう尋ねたところで、答えてくれる相手はもういない。尋ねたところで、その質問は相手に届かない。考えるのも答えを探すのも自分自身だ。……例えばこんな状況を考えてみよう」
先生はくるりと踵を返して黒板に向かい、空いたスペースにカッカッとチョークを走らせる。いつも通りの奇行で、僕はまた苦笑を零してしまった。およそ常人が取るだろう行動というものを、この先生は一切取らない。頭の中どうなってんだ、と思う。だから教えるのが一向に上手くならないんだ。まぁ、でも、そういうところも、結構、好きだったりしてるのだが。
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