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「身分の高いA、身分の低いBがいるとする」
「姫と従者みたいな?」
「AはBのことが好きだが、身分上、それを口にすることは許されない」
「ははぁ、BもAのことが好きな奴だ。先生、少女漫画とか好きなんですか?」
「少女漫画にはよくある展開だな。……好き好んで読む訳ではないが、情報としては知っている。大抵の少女漫画では、この二人はあれこれと苦難を乗り越えながら、くっついて、ハッピーエンド、それで終わりだ」
「まぁ、ものによるとは思いますけど」
若干、少女漫画への偏見があるような。僕はニヤニヤしながら、とりあえず頷いておく。
すると、先生は黒板からこちらへと顔を向け、低い声で言った。
「では――くっつくか否や、というギリギリのところで、片方が死ぬような少女漫画は存在するだろうか? ここで終わるような物語は?」
「……」
「相手が自分の事を好きだったかどうかもわからないまま、いきなり死んでしまう――事実として現れる『さよなら』だ。生き残ったAは、Bに『どうして死んだの?』と聞くことは出来ない」
死んだのはBなんだ、と思ったが、僕は口には出さなかった。
先生は目を伏せ、吐き捨てるように言う。
「死者には、理由を尋ねることは出来ない。気持ちを尋ねることも出来ない。何も問いかけることはできない……いや、問いかけは出来る。けれども答えは返ってこない。何も通じない。何もかも、終わってしまった」
「……確かに、問いかけの答えは聞こえないかもしれないですけど、」
「虚しいんだ。何もかも。せめて、ハッピーエンドの先であれば、まだ。まだ、気持ちがちゃんとわかっているなら、まだ……いや、わかってても、苦しさは変わらないか……」
先生の瞳がすっと動く。窓際のとある机には、小さな花瓶が置いてある――たった二日ほど前、交通事故でいきなり亡くなってしまった学友を痛むために、学級委員長が用意してくれたものだ。教室に来るたび、先生はそれをじっと見ている。とはいえ、こうして、直接『死』について話すのは初めてだった。
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