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「だったら周りに迷惑かけんじゃねぇ。少し手伝えば残業なしで帰れるんだ。今度読んだら、今まで読んでた時間分働かせるからな」  手を離すと大袈裟に咳き込む。だが、どちらが悪いかなんて一目瞭然だ。俺はジャケットを羽織直し、社内を出ようとする。そこに、一人の女子社員が立ちふさがった。 「勇(いさむ)先輩、良かったら」  後輩の楯山優子(たてやま ゆうこ)はタッパを差し出している。未だに新入社員のような薄化粧に黒いスーツを着ていた。その腕が微かに震えている。タッパを貰い、開けてみると中身は肉じゃがだった。周りが一瞬どよめく。その声に楯山の顔が曇る。 「あの、や、やっぱり」 「箸は? 流石に手では食えないから」  すぐに楯山は割り箸を差し出した。それを受け取ると、じゃがいもを一口食べる。俺が咀嚼している間も彼女はじっと見つめてきた。 「どうですか」 「ちょっと甘ったるいな。玉ねぎで甘味が出るんだから、そんなに入れなくていい。あと、じゃがいも煮すぎ」  俺のアドバイスに楯山の顔が沈む。デブのせいでキツイ言い方になってしまった。すぐに言葉を付け足す。 「この前の茶色い卵焼きよりは、ずっと良くなったんじゃないか」  すると、楯山の顔がパッと明るくなり、何度も頭を下げながらお礼を言った。その笑顔に先ほどの苛立ちも消えていく。そんな彼女を尻目に仕事場を後にした。  その日の夕方、社内で一人パソコンを眺めていた。皆が提出した資料に目を通していく。誤字脱字を修正しながら最終確認をし終えると、パソコンを閉じた。ため息をつきながら、荷物を持ちロッカーに向かう。結局残業発生したじゃないか、あのデブめ。怒りをぶつけるようにロッカーのドアを開けた。すると、その揺れで入っていたものが落ちる。その中には楯山から貰った肉じゃがのタッパもあった。よく見ると蓋に紙が1枚貼り付いている。タッパを拾って紙を剥がすと、短い文章が書かれていた。  いさむ先輩へ  あなたに伝えたいことがあります。  屋上で待ってます。            楯山優子より
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