当世勇者事情

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 他、研究職に就いたり、サーカスの団員になったり…冒険者というのは基本、一芸に秀でていたり多芸であったりして冒険をしなくても困らぬものだが、それは勇者以外である。  勇者は冒険以外仕事がない。本来は勇者=冒険者、冒険者=勇者なのだ。だから勇者が冒険を辞めた場合、勇者業も辞めることになる。そうなると突出した才能も技術も資格もない勇者は勇者以外の生業には活かせる武器がなく、大変厳しい状況におかれる。  しかも、勇者になるような人間は集団行動が苦手だから、剣術ができたとしても軍隊ではやっていけないし、常識破りがアイデンティティだから、魔力があっても教会の教義に染まることも、禁忌が多い魔術の世界に入ることも難しい。  よって、元勇者は冒険で稼いだ金を元手に事業を起こす者が多い。冒険者時代に自己プロデュース能力やタイミングを読む力を身に着けたのなら、悪くない選択だ。昔のパーティーの仲間を社員として雇い、うまく稼いでいる者も少なくない。  その対極の例として、隠遁生活に入る元勇者もいる。隠遁するのは魔法使いや賢者も多いが、彼らの隠遁は、まだ同類同士のネットワークが生きている。元勇者の隠遁は全く違う。もともとが一匹オオカミ気質のせいか、彼らは俗世との縁を全く絶ってしまう。そのせいで隠遁後の彼らの生活の詳細は謎だが、前に登山者から、山の奥深くでモンスターたちと戯れる老人を見たという目撃情報を聞いた事があるので、あるいはそういった生活を送っているのかもしれない。  事業を起こす才覚も俗世を捨てる勇気もない元勇者の中には、過去の冒険をもとにノンフィクションの小説を書いたり、講演会の講師となり各地で冒険者志望の方々に勇者や冒険者の実情を話す私の様な者もいる。こういった仕事は不定期で、収入も不安定だ。  冒険者になるのは人生経験として悪くない。むしろ冒険でもしなければ、生まれた土地の外の世界を知る機会がないという方も少なくないだろう。  冒険者、大いに結構。ただし、勇者という職業はお勧めしない。冒険を辞めた後も十分に経験が役立つその他の職業に就き、基盤となる後ろ盾を作り、冒険は一時のものと考えるのが無難だろう。  勇者という職業を選択するのはそれこそ余程の勇者か愚か者、もしくはその両方だ。
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