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二人はその薄っぺらい用紙に向き合っていた。
自分たちの積み重ねてきた歴史が、たったこれっぽっちの薄さで終止符が打たれてしまうのかと思うと、どうにもやるせない気持ちで心中は満たされてしまう。
「じゃあ・・・」
男がそう言うと、自らの名前の横に印を押す。
見慣れた苗字が赤く刻み込まれ、その瞬間にただの署名は後戻りできない効力を有することとなった。
今度は君の番だと言うように、男が女の方を静かに見やり、女もそれに応えるように小さく頷いた。
右手に持つ小さな筒の先を赤く染め、今度は女が自分の名前の横にそれを押し付ける。
刻まれた文字は男のそれと同じであったが、字体が若干異なる。
まさか、自分たちにこんな日が来ようとは。少し前では頭を過ぎりもしなかった事態に、こんな時ではあるが、二人は人生の面白さの様なものを感じずにはいられなかった。
二人の重い決意の乗ったこのペラペラの用紙を、これから区役所に提出する。受理されれば最後、その瞬間二人は他人となる。
女は今現在夫である男を見ると、今更ながら本当にこれで良かったのかという想いが浮かんだ。そんな目線に気付いたのか、男は優しい表情を浮かべ静かに頷いた。言葉がなくとも通じ合えるほどに、二人は長い年月を共に過ごしてきたのだと実感する。
こんなかたちもあって良いのかもしれない。
自分たちの選択に自信を持ち直した女は、用紙を鞄にしまうと、男と共に家を出るのであった。
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