2、伊藤と山本

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 「幸せって、なにかね・・・」  伊藤は不意に山本が発したそんな言葉を一度呑み込む。呑み込み咀嚼した上で、はっきりとした意志を持ってシカトした。  遠い目をした山本は、その姿勢のまま5秒後に繰り返した。  「幸せって、なにかね・・・」  こいつ、なかなかハートの強い奴だ。教室の、前後の席で向き合ったこの近さから聞こえてないことは有り得ないだろう。明らかに一度シカトされたことを承知の上で繰り返してきやがるとは。まあ、そういう奴なのはもうずっと前から知っているのだが。  「・・・なんだ?突然」  仕方なく折れる形で、伊藤は山本に尋ねる。イスをまたぐ形で後ろ向きに座る山本は、二度繰り返したことなど無かったかのように、さらっと答えた。答えであるにも拘らず疑問形で。  「いやあ、ほら、俺ってさ結婚願望強いじゃん?」  「知らんけど」  「というのもさ、結婚というものに幻想を抱いてるところがあるわけよ」  「いや、自分で『幻想』って言っちゃってんじゃん」  「そう。幻想なのかもなと気付いてしまった所に、俺の冒頭のセリフは端を発するわけなのだよ」  この時点では、話の内容はほとんどわからないが、少なくとも高二の男子学生が語る内容でないことだけは確かである。  「厚木の両親がさ、離婚したらしいんだよ」  「えっ、マジ!?」  「マジ。マジもマジの大マジよ」  マジに大だの小だのがあるとは知らなかったが、それは今は置いておいて。  厚木というのは、隣のクラスの男であり、伊藤と山本とは中学の頃からの友人である。身長が高く、すらっとした見た目で、物腰柔らかな彼とは仲も良く、家にも何度も遊びに行ったことがあった。そのまま夕食までいただくなんてことも多かったので、彼の両親とも交流があるのだ。  一度、厚木家と伊藤・山本というメンバーでキャンプに行ったこともあった。その時に抱いた厚木両親の印象は、とにかく『仲が良い』というものだった。伊藤達への配慮はもちろんのこと、彼らはお互いへの気遣いも片時も忘れないといった感じで、この人たちは本当にお互いを思いやっているのだなと、中学生ながらに当時の伊藤は感じたものだった。今でも見つめあったり笑い合ったりする彼らの姿がはっきりと思いだせる。あれはもう仲が良いというか、『ラブラブ』というやつだな・・・。
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