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先日、山本母は職場で離婚届を持って帰る厚木母を目撃した。まさかと思っていた数日後、今度は夫婦揃って離婚届を提出しに来たというわけだ。さすがに声をかけはしなかったが役所に届けられた離婚届には紛れもなく厚木夫妻の名前が記入されていた。
そして、その話を聞いた山本は離婚の事実を知らないフリをして、先日厚木家に遊びに行ったらしい。
「行動早えな」
「まあな。心配したわけよ、俺は」
そこで山本は、以前となんら変わらない仲むつまじい家族を目撃することになる。あまりの変わり無さに山本は、母親の情報が嘘だったのではないかと思ったほどだ。
帰り際、山本は思い切って厚木に両親の離婚について訊いてみた。初め、「なぜそれを」と驚きを隠せなかった厚木は、山本の母親が区役所勤めということを聞くと、諦めの表情を浮かべ渋々両親の離婚を認めたという。
「その時、厚木はなんて?」
「たしかに両親が離婚したってことと、転校とかはしないし、生活もこれまでと変わらないからって」
「理由については?」
「なんか濁すんだよ。歯切れが悪いと言うか、奥歯に物が挟まったみたいというか」
「歯ばっかりだな」
「でも、12月にはまた落ちつくからとかなんとか、ごにょごにょ言ってたな」
「12月?」
今が9月上旬だからあと三か月ある。なんだ?12月になにがあるんだ?
「あ、あとまだ誰にも言ってないから、秘密にしてほしいって」
「いや、めっちゃ話しちゃってんじゃん」
「だから、伊藤も」
山本は人差し指を立てて自分の口の前に置く。
「これな」
「なにが『これな』だ。どの口が言いやがる」
言って、伊藤は気付く。
「あ。だからじゃないのか?」
「なにが?」
「いや、厚木が濁すのだよ。口の軽いお前に知られたら、あちこちで言いふらされるとおもったんだよ」
「心外。実に心外だよ、伊藤君」
とはいえ―――、山本は言う。
「一理ある」
と、いうわけで―――、そう切り出した山本に伊藤は嫌な予感を覚える。
「頼んだ」
「おい、何を頼んだ」
「お口ずっしり重男君の伊藤になら、厚木も本当の理由話してくれるかもしれないだろ?だから、今から、ね?」
「『ね?』じゃねえ。いや、直接訊くのはしんどいだろー。離婚の理由なんてなかなか重いし」
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