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「うん。なんか、夢にでかいゴキブリ出て来ちゃって」
意識して明るい声を出し、口角を上げる。
ペンを置き、早足で脇を通ると頭上から「はは」と軽く笑われた。
「笑う。でかいってどのぐらい?」
「人間と同じぐらい」
「そりゃ怖い。キンチョール一本じゃ足んないじゃん」
どこかピントのずれた反応と引き戸を閉じる音が静かな廊下に響く。
少し先を歩く私は、「こっちの階段から行こ」と右に曲がった。
「え、こっちの方が近くない?」
先月転校してきたばかりの彼に、「そっちは昇降口に近いでしょ。混むから」と短く答えて進む。
遅れてついて来る足音と共に、反対方向から大勢の人が集まって騒ぐ声が聞こえた。チャイムが鳴る前に教室に戻ろうとごった返す人々で、下駄箱もその先の階段もぎゅうぎゅう詰めになっている事だろう。
「こっちならそんなに混まないから」
段に足を乗せ、それ以上会話をしないつもりで足早に上がる。
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