帰らぬ声に秋の音を

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   大好きな絵本があった。  十六歳になった今でも、ふとした時に思い出すーー幼い頃に、良く祖母に読んで貰った一冊の絵本の存在を。  今振り返ると、内容は至って普通だった。  一緒に暮らしている二匹の仲の良い兎が、些細な事で喧嘩をしてしまい、一時、別れて暮らすようになるのだが、離れている間に、自分達にとってお互いの存在というものが、如何に大切だったかを気付かされ、また仲良く暮らし始めた……という、テンプレと言われれば正にその通りと返すしかない物語だったのだが、当時の幼い自分の心を掴むには十分だった。  何より、最後のページに優しい色彩で描かれた二匹の兎は、本当に幸せそうで、いつか自分にもそういう大切な人が出来るのだろうかという将来への目標や憧れを持たせてくれたのだ。  そんな大好きだった絵本も、いつからか見掛けることが無くなった。読みすぎて汚くなってしまっていたから、祖母が捨てたのだろう。 「ーーあら、いっくん、どっか出掛けるのかい?」  毎週楽しみにしている漫画雑誌の発売日、財布をスエットの後ろポケットに突っ込み、片手で携帯をいじりながら玄関で靴を履いていると、祖母が背後から声を掛けてきた。  夕方の十八時、夏が終わり秋に差し掛かったこの季節、十八時ともなれば外は大分暗くなっている。  祖母の問い掛けに適当に返事をすると、「夕飯前には帰っておいでね」と心配を含んだ声が返ってきた。  祖母にとっては何気ない言葉だったのだが、今の俺には、たったそれだけの言葉でも煩く感じ、玄関を開けたと同時に「うぜぇ」と呟いた。  言ったのは自分なのに、何故か胸の奥がどんよりと重くなった。  
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