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太陽が傾き、花畑を赤く染め上げた頃。待ちわびていた玄関の扉が開く音がして、私は勢いよく立ち上がった。
「お待たせ」
「待ちましたとも!」
やっと家から出てきた愛しい人の腕をしっかりと組む。
「これで大切なもの全部よ」
嬉しくて顔が綻ぶのを感じつつ、目の前の千年後へ続く入り口に向かって、掴んだ腕を引き寄せながら、倒れこむように地面を蹴った。
軽い浮遊感の中思い出したのは、一年前のこと。
世界中の人たちから、世界一の天才と呼ばれる人間の元に、タイムカプセルの開発依頼が来た時のこと。
当時、依頼を聞いた私には、既にいくつかの予感があった。
人間が君臨する時代は終わること。人だけに感染するあの恐ろしい病のせいで。
生き延びたいなら、タイムカプセルの完成以外に道はないこと。
私にかかればタイムカプセルを完璧に完成されられること。
だけど、私だけではタイムカプセルを創るための設備や材料の準備が間に合わないこと。
そして、人類に残された時間は、タイムカプセル一個をギリギリつくれる程しかないこと。
私は依頼を受けた。人類を救うための唯一の希望を担った。しかし、私は見事なまでに自分勝手な人間だった。
人類の命と期待を裏切り、愛しい人と私のためだけに、人類を、世界をも、いともたやすく捨ててしまった。
まるで走馬燈ね。
今頃、私が裏切ったことも知らないまま、世界は、タイムカプセルの完成を待っている。
視界の隅で、私たちの足が触れてしまったのだろうか。さっきまで私の話を聞いていてくれた花の、花びらが、風で舞い上がるのがやけにゆっくりと見えた。
今まさに、タイムカプセルの中に落ちていく私には、一つの予感がある。
さあ。千年後の世界に、なんて挨拶をしようかしら。
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