「世界の果てで、君と」

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 (ゆう)は、額に流れる汗を軽く拭った。目の前には、丁寧に刈り込まれた芝生が広がっている。  彼は背負っている少女に、優しく労るような、穏やかな声で話しかけた。 「ほら、着いたよ那美(なみ)」  返事はない。眠っているのだ。可哀想に、とても疲れているのだろう、と誘は思った。彼自身の肉体も、とうに疲労の限界を超えていた。  ここまで、とても長い道のりだった。はやく横にして休ませてあげたい。誘は草地に膝をついた。そして、背中の少女をゆっくりと、壊れ物を扱うようにして下ろした。 「那美……」  仰向けになった那美を、誘はその琥珀色の瞳で見つめる。目を閉じ、荒い呼吸をしている那美は、その寝顔にすら深刻な疲労感を滲ませているが、しかしどこか幸せそうに口元を緩めていた。  那美は、美しかった。この世にこれまで存在したどんな女性よりも美しかった。少なくとも誘は、そう確信していた。  白磁のような肌、翡翠の瞳、腰の下まで届く金髪。繊細で華奢な手足、細い首、薄い胸。  そして、頭に光の輪と、背中に一対の翼。まるで天使のような、黄金と白銀にきらきらと輝く輪と翼。  いや、「まるで」ではない。  事実、那美は天使なのだ。  傍らに腰を下ろして、誘は右手を伸ばし那美の額を優しく撫でた。 「天使か…… 確かに、那美は元から天使だったのかもね」  蜜柑色の光が天から垂直に降り注いでいる。ときおり、凍てつくほど寒い風が上から吹いてくる。  突然、背後で音がした。乱雑に建物が崩れるような、それでいて音曲のような秩序正しさを感じさせる、相矛盾する響きを持った破壊音。  驚いて振り返った誘だったが、それを見て安心した。 「道がなくなったのか」  いつものことだ。そして、これで最後だろう。  誘は周囲を見渡す。自分たちが今いるこの場所は、あたかも浮島のように、暗黒の空間に頼りなげに漂っていた。周囲15メートル四方のとても小さな浮島。遠くに赤と黄色に明滅する妖星の群が見える。紫の電光を放つ、クロームシルバーの積乱雲も。  まったく、本当に、遂にこの浮島だけが、この世に残された最後の場所になってしまった。  ここは、世界の果てになってしまったのだ。
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