前線

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前線

「おい、兄弟、ジェシー。起きろ。」 シブは傍らに眠っている、粉塵まみれの男を揺すぶる。 「ああ…?」 ジェシーと呼ばれた男は薄目を開け、首だけ起こした。 「前線がまた後退した。聞こえるだろ。」 ジェシーはがば、と上体を起こす。 細い、薄青い小さな目がガラス玉みたいに丸く見開く。 白い粉塵がジェシーの周囲に舞い上がった。 昨晩まで収穫祭(フェステ)の開催合図のみたいに聞こえていた砲撃の音が、 今朝は地響きを伴って、どうしようもない恐怖を胸に掻き立てながら 耳をつんざく。 「ああ。夢じゃなかったんだな。」 起き上がったジェシーは壁によりかかり、真紅のバンダナをはずす。 粉塵まみれの白い顔の額にそこだけ、日に焼けた地肌がのぞく。 栗色の巻き毛も、自慢の顎髭も、真っ白だ。 「夢を見いてたのか」 シブは明るい、労わるような笑顔を向ける。 「ここも限界だな。」 服に付いたホコリを払いながらジェシーが静かに言った。 立ち上がり、シブにかかるのも構わずにバタバタ体中をたたきはじめる。 それはホコリを落とすと言うより、 昨日将校に連れられていった場所でさせられた事の名残を すべて叩き落としてでもいるように、シブには見えた。 粉を被りながらジェシーを気の毒そうに見ていたシブが咳き込む。 「ああ、悪かった」 気がついてジェシーがしゃがみ込む。 「川へ行きたいな。川で水浴びしたい。あとは1日釣りだ。」 「ああ、いいなあ。」 シブの若々しい、しみじみと川を恋しがっているようなもの言いが 幾分、ジェシーのどんよりと沈みきった気持ちを明るくさせた。 「イワナだろ、マスだろアユも釣ったぞ。」 「すごいな。」 ジェシーは胸ポケットから煙草の箱を取り出す。
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