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女
階下で女の声がする。
ボソボソとささやくような声が大きくなり、罵声になり、
金切り声になった。
誰かもう一人居て、女は捉えられているらしい。
薄い靴底が床にこすれる音がする。
やがて金切り声は泣き声に変わった。
「うるさい。誰だ。上がってこい」
ジェシーが「ホークアイ」の威厳たっぷりに怒鳴った。
カツ、カツ、と重々しいヒールの音。
将校のブーツだ。
女は引きずられるように階段を昇らされているらしい。
「やめて」「いたい」という疲れた声がする。
将校が右手で、両手を後ろ手に縛り上げられた女の片腕をつかんでいた。
殆ど黒く長い髪が荒い息をするたびに波打つ。
身なりから、貧民層の女と知れた。
「助けて」と呟き涙の溜まった瞳で二人を見た。
「なんだと言うんだ。民間人じゃないのか。」
ジェシーは咎めるように言った。
「食べ物を捜し歩いているうちにここに来たと言っている。
スパイかも知れないな。」
「本当だってば!あたしは食べ物が欲しいだけ。
もういいから帰して。あたしは民間人だもの、帰して。お願い。」
女は必死に叫ぶ。
「ほう、それは大変だなあ。
食い物はやるよ。そして取り調べだ。」
「取り調べ」と称して将校や兵隊たちが隣国の女や貧民層の女を慰みものにし、
あげくに戦場に足を踏み入れた「罰」として撃ち殺す残忍な遊びが
流行っていた。
「なあ、帰してやっちゃどうだ?」
シブが取りなすように言う。
「お前、口出しできる立場か?」
将校はシブをじろりと睨みつけると踵を返し、女を引っ張って
部屋を出ようとした。
「まて。こっちを向け。」
ジェシーの声に将校が振り向き、驚いたように向き直る。
「ホークアイ…止めてくれ」
ジェシーは右目にナイフを突きつけていた。
「さすがにホークアイの目を潰した罪人にはなりたくないんだな。
女を置いていけ。」
将校は女を部屋の中につき飛ばすとヒールの音を高々とたて、
降りて行った。
シブが女を抱き起し縄を解いた。
「ありがとう。お兄さんたち、ありがとう。
あたしね、アメリア。」
やつれて痩せていたが若い女の笑顔は目も頬も耀いていて、
生きる喜びに満ちているように見えた。
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