わたしは彼に削られてしまいたい

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「ぼくに削られる夏帆の言葉のあや」 「言いにくいよ」  いよいよ彼はわたしの全体を、本格的に削り始めた。  わたしはきっと、先生にならないうちに質量のすべてを削られてしまう。  わたしとさよならをした世界で、彼はまた誰か遠慮しがちな人に歯を立てて生きていくのだろう。 「そんなことしないよ」  削るのをやめて、彼は言った。  震えるほど嬉しいけれど、のむわけにはいかない。 「してあげて」 「どうして?」 「世界の感触を、その人にも教えてあげて」  そう答えると、彼は少しの間、わたしと目を絡ませて、げっ歯類として生きるということを理解したように、また黙々とわたしの身体を削り始めた。  どうか、これから彼と出会い、世界の心地よさを教えてもらう人が、彼と正しく別れて、新しい人と生きていくことができますように。  そのために、わたしは彼に、大切な人を削り切ってしまう悲しさを教えてあげるのだ。  削られたい気持ちと、離れたくない気持ちの、言葉のあやの行間さえ、彼に感じ取られながら。
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