わたしは彼に削られてしまいたい

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「聞かれて、なんて答えるの?」  彼はごろんと仰向けになり、天井に向かって伸びをした。 「やせただけですって」  彼が見ている宙を見上げて、わたしは答えた。 「やっぱりやせてるんじゃない」 「言葉のあや」 「夏帆の言葉のあや」 「言葉のあやって、なんだかかわいらしい」  わたしは薄暗い照明に両手をかざした。  学業に必要な腕から先は、まだあまり削られていない。  彼なりの配慮なのか、趣味の反映なのか、よく分からない。  分からないことは、言葉のあやにしておくに限る。 「ことばのあや」  声に出して繰り返すと、 「かほのことばのあや」  彼も繰り返した。 「カ行があ段で緩和される」  理屈っぽいことを、なめらかな調子で付け加える。 「緩和されるんだ」  わたしがつぶやくと、 「夏帆を削るぼく」 「わざと削ってるの?」 「我慢しようと思えばできる」 「我慢できるのに削るんだ」  わたしに対して遠慮しない人は珍しい。  大抵の人に遠慮しているわたしにとって、外の世界はVRの世界のようで、見ることも聞くこともできるのに、触れることができない。  その位相の違いを感じ取って、周りの人もまた、わたしに遠慮をする。  だから遠慮なくわたしを削る彼は非常に珍しい。  遠慮さえしなければ、わたしも彼のことを削れるのだろうか。  削って削られて、お互いに小さくなって、人には見えなくなっても、まだ削り続ける。
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