わたしは彼に削られてしまいたい

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「いまからかじっても追いつかないよ」  彼はまた先回りをしてわたしの首筋に顔をうずめた。  しめった息。 「どうして、追いつけないの?」  身をこわばらせながら、わたしは聞いた。 「ぼくの方が質量が大きいから」 「いそいでかじる」 「ぼくの筋肉の方が硬い」 「思い切りかじる」 「かじられてる間に、かじる」  ずるいと思った。  自分は遠慮しないでかじるのに、わたしにはかじることを許してくれない。  わたしをあとに残さずに、自分が残ろうとする。 「ごめんね」  わたしがそう言うと、彼は上体を起こしてわたしの目をのぞきこんだ。 「なんで謝るの」  とがめるのでも、さとすのでもない、心の底から無邪気な問いだった。  わたしにはまぶしすぎる。  彼のいない方へ身体をひねると、真っ白な壁があった。  彼の方を見るとき、わたしのうしろにはいつも安心があったのだなと思った。
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