目が覚めると、そこには

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モノクロに煙る霧雨の中を、今朝の夢の長い髪の女がスローモーションで駆けている。やんわり髪を揺らすあの後ろ姿が僕の前で妖しく跳ねる。 誰?…… 待って…… 濡れた走路は慣れていない。千里浜みたいで足が重い。 すると甘ったるいキンモクセイの匂いが爪先から頭に一瞬で突き抜け、一ときの白日夢が醒めた。 目の前の現実は、雨で貼りついた藤堂先輩のユニフォーム。 負けじと顔が熱くなる。 先輩は振り向かない。 僕はもっと腕を振り、もっと腿を上げ、ただ追いつくためだけに走る。走る。走るほどに身体も思考も研ぎ澄まされていく、今できる最高のパフォーマンスで。 僕と藤堂先輩を隔てた薄暗い霧雨のカーテンをバリバリっと引き裂き蹴破った瞬間、太陽がズパッと競技場を照らした。 「はいっ!」 右手からバトンが離れたのはゾーン出口、30mギリセーフ。両膝に手をつき肩で息をしながら、先輩のゴールを見届けた。 まさかの7位入賞だとは。 その場で小さくガッツポーズをした。 * レース後、バッグの中の冷却スプレーは空っぽだった。どうせ木村だろ? 貼り出された記録を見に、堀とペタペタペンギン歩きでグチをこぼす。 また雨が降り始めた。足首痛いし。閉会式まで暇だし。 ただ分かったこともある。参加することだけが意義じゃなかった。     
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