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まだまだ全然OB名簿作りは終わらないけど、きりがいいところでノートPCの電源を落とした。
周囲はとっくに楽器の音は鳴り止んでるし、窓の外も真っ暗だし、気づくとみんなもう帰っちゃったじゃん!! 誰かひとりくらいわたしに声かけてくれたっていいのに、それすらないんだから……。
なんだか罰ゲームみたいだよね。
学校の校門を出ると、その足で帰宅途中にある神社へ向かった。
昨日と違っていい天気だ。それはもう青空ではないけど、星がたくさん見えている。その星の数を数えていると、わたしはうきうき気分になってきた。
ちょっとだけ小高い丘の上にその神社はあった。鳥居をくぐり階段を昇ると、本社殿の手前に展望台のような場所がある。見晴らしが良くて街の夜景を一望できるだけでなく、周囲には社しかなくて特に明るいものも何もないので、星の輝きがとても映えて見えるんだ。神社の前で流れ星が見えたら、最高の願いが叶いそうなんだけどね。
わたし、流れ星なんて見たことあったかな? 忘れちゃったな。
神社の境内へ向かう階段を上り始めた。落ち込んでいるときにこの階段を昇ると、その段数のおかげでとても長く感じるんだけど、今日はあっという間に昇れそうだ。ほら、もう目の前に本社殿が見えてきた。
すると、そのすぐ横の展望台に人影を感じた。あ、誰か先客がいるのか――
男の子……かな……?
とりあえずお参りを済ませてから、わたしも展望台へ向かおっと。
まずは神社で願い事。
私の周りの人たちが何事もなくみんな幸せに暮らせますように。
振り返って、今度は展望台から。星に願い事。
根暗な私の性格が治りますように。
それにしても、我ながら酷い願い事だよね。もうちょっとまともな願い事はなかったのか考えてみたけど、もはやそう願ってしまったわけだからておくれって感じだ。わたしって本当に暗い人間なんだろうな。
「あ。俺、ひとりじゃなかったのか?」
さっき展望台に見えた男の子の声らしきものが聞こえてきた。
あれ? ……よく見ると、わたしと同じ高校の鞄を抱えている。
見たこともない、知らない男子生徒。多分だけど……。
わたしは展望台から一望できる市内の夜景を目の前にして、彼の横にぴょこっと並んだ。
こうやって彼と並んでいると、わたしはなんだか気分が和らいできた。まるでいっつもそうしていたかのような、そんな温かい気分になってくる。思わず彼の肩に寄りかかってしまいそうな、そんな気持ちだ。
……でもそれ、初対面の男の人に対してこんな気持ちになるとか、わたし本当に大丈夫なんだろうか。いろんな意味で。
「その鞄、わたしと同じ高校だね。この場所、よく来るの?」
「何度も来てるよ。」
えっ、何度も? だってここには……。
なんだか少しだけ話が噛み合わない気がした。でも、噛み合わないものが何であるのか、わたしには見当がつかないけど。
「そういえばお前、どこかで会ったことあるよな。たしか名前は、ひ、ひ・・・?」
ひ……???
「ちょっと、初対面相手に『お前』とか言わないでよ。それにわたしの名前は春日明日美。どこにも『ひ』なんて出てこないよ! 人違いじゃないの?」
「初対面? 」
なんだかわたしだけじゃなく、この彼も妙に馴れ馴れしい感じがする。
でもその彼は、わたしの『初対面』という言葉に反応したのか、そんな馬鹿な!?というような表情を見せていた。ただ、名前は完全に間違えられているわけだし、わたしの初対面だという記憶はおそらく間違っていない。そのはずだよね……。
「ところで何を願い事してたの?」
「えっ、俺、今星を眺めてただけなんだけど、『願い事してる』みたいなこと一言でも言ったか?」
「……あれ?」
なんでそう思ったんだろう? わたしがいつもそうしているから??
すると彼は笑いながらこう答えた。
「今度の学園祭、吹奏楽部で『たなばた』って曲を演奏するんだけど、そこでサックスの誰かと、俺のユーホニウムでソリを吹くんだ。そこでうまく吹けますようにって。」
学園祭、吹奏楽部、『たなばた』、ソリ…………
わたしの頭の片隅に置いてあったキーワードがぽんぽんと出てきたので、わたしは一瞬躊躇した。
「……あれ? 君って、吹奏楽部だったの?」
「え、まさかお前も吹奏楽部だったのか?」
ふと彼の手元に視線を落とすと、彼が手にしているものがとても見覚えのある楽譜が目に入ってきた。それにしても、あまりに今更だよね。
「その譜面、さっきわたしが音楽準備室で印刷してたやつじゃん!!」
「じゃーさっき俺にこの譜面を渡したのはお前じゃないのか。それでなんで初対面なんだよ!?」
まぁわたしは印刷しただけだから、実際に渡したのはユーホニウムの所属するバスパートの誰かだと思うけど、それにしたってなんで同じ吹奏楽部員の顔すら覚えていないんだろう。しかも数少ない男子部員の顔をだよ!? わたしってやっぱし絶対に大バカだ。
もはや笑ってごまかすしかなかった。それをあざ笑うかのように、冷たい夜風が私の顔を叩く。
ちなみに、『たなばた』でこの彼とソリを吹くサックス奏者は誰なのか、まだ決まってなかった。そもそもサックスパートは人手不足状態だし、今はまだコンクールすら終わってないから、それを決めてる余裕なんてこれっぽちもないんだ。
学園祭は三年生が引退後のお話。このままいくとよほど上手い人が出てこない限り、経験的にわたしが吹くことになりそうだけど。そうするとこの彼と、わたしはソリを吹くことになりそうだ。
それだけ考えると、なんだかとてつもなく緊張してきた。
……でもなぜだろう。本当はもっとお似合いのサックス奏者がいるような気がするんだけど。
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