吹奏楽部 〜翔〜

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吹奏楽部 〜翔〜

 俺は、吹奏楽部のミーティングが終わると、ひとりその足でいつもの神社へ向かった。  帰り際の吹奏楽部のミーティングで聞かされたことは、コンクールの地区予選が終わるとすぐに学園祭の準備をする必要があるとのこと、その学園祭の演奏会には三年生の先輩方は出演しないとのこと、そしてその曲目の一曲目は『たなばた』という曲であることを聞かされた。  九月に行われる学園祭で『たなばた』とか、やや冗談なようにも聞こえたけど、それ以上にこの人数が決して多い方でない我が校吹奏楽部において、『たなばた』のソリとか誰がやるのだろう……という疑問以前に、三年生が引退後のユーフォニアム吹きは現状俺しかいないわけで、この学校のどこかに優秀なユーフォニアム奏者が眠っていて、そいつが学園祭までに吹奏楽部に入ってこない以上は、俺が必然的に『たなばた』のドラマティックなソリパートを吹くことになる。というより、十中八九吹くのは俺だろう。  俺の頭の中でそこまで整理をつけると、深くため息をついた。『たなばた』の曲自体は吹奏楽界隈では有名な曲だから、当然中学生時代も吹いたことがある。だから吹けと言われればそこそこ吹けるだけの自信はあった。  問題は……だ。ソリというのはソロと違って、相手がいないと吹けるものではない。つまり、俺はユーフォニアムを吹くけれど、その相方としてアルトサックス奏者がいないとソリなんて成り立たないんだ。いやいや、そんなの大した問題じゃないだろ!と思うのが普通のような気もするが、どういうわけだか我が校の吹奏楽部、三年生引退後にアルトサックス吹いてるやつなんていたっけ?……と。  本来であればアルトサックスなんて、吹奏楽部の楽器の中では花形中の花形。誰もが一度は吹いてみたいと思うような楽器じゃないだろうか。俺の吹くユーフォニアムなんかは今でこそ某アニメの影響でそこそこ有名な楽器にはなったものの、こんな重い楽器、好き好んで吹くやつなんてそうはいない。(と言ってしまうとチューバ吹きに怒られるだろうけど) ところが我が校に至っては、何故かアルトサックス奏者がいないというのだ。てか、そんなの新入生が入ってきた四月の時点で考慮してからパートを決めろよ!と思ったけど、何をどう間違ったかその辺りがすっぽり抜け落ちてしまっていたらしい。  チューバ吹きの先輩曰く、『今一年生の女の子がテナーサックスからアルトサックスに持ち替えて練習中だから』などと仰る始末だ。それこそ、四月の時点でそうしておけよ!と突っ込みたくもなったけど、いや待てよ、なんでそんな重要なことに俺も気づかなかったのかと考えると、それを口に出すのは控えざるを得なかった。とどのつまり、俺だけでなく、『アルトサックス奏者がいなくなっている』という一大事に吹奏楽部全員が気づいていなかったわけだ。  ……本当にそうなのか? 何かが脳裏を一瞬よぎった気もしたけど、俺はそれを気のせいと判断した。というか、今日だってコンクールの練習している三年生のアルトサックス奏者以外、その音は聴こえてこなかった気もしたけど、本当に練習してるやつなんているのか? まさかと思うけど、『たなばた』の魅力的なソリが、実はアルトサックスの音なしで、ユーフォニアムのソロなんてことになったりしないだろうな?  そんなことを考えながら俺は、神社の境内へと続く長い階段を一歩一歩昇っていた。
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