金の海 響く歌声

2/16
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ
 あの人と会うことはできなかった。  それでも立ち去ることはできなかった。  あの人に会えないわたしに、未来はなかった。    わたしは波音が響く浜辺の岩に腰かけ、祈りを捧げた。  朝に夕に唱える祈りの歌を、声には出さずに。  目は砂浜を見つめていたし、頭の中であの人のことでいっぱいだった。  あの人に会えなかったらという不安で胸が押し潰されそうだった。  それでも、しばらくすると、心はいつものところへおりていった。  深い海の底のように、閉ざされた静かなところへと。  どんなときも、祈りはわたしの心をおだやかにしてくれた。  寄せては返す波のように繰り返してきた祈りの力は、こんなときでさえわたしの心をおだやかにしてくれた。  あまりにも居心地がよすぎて、なにもかもすべてを忘れそうになるほどに。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!