金の海 響く歌声

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 だから。  嵐が過ぎ去ったあと、この岩場で倒れていたあの人を見つけたときは驚いた。  生きているとわかったときは、心臓が止まるかと思うほど驚いた。  人間に姿を見られてはいけないというのが、人魚の掟だったからだ。  でも、その心配はなかった。  あの人は、意識を失っていた。  海の中で呼吸はできないというのに、打ち寄せる波に揺さぶられるがままになっていた。  わたしは、助けを呼ばずにはいられなかった。  叫ぶのではなく、歌を歌って。  どんなに美しい月夜の下でも、これほどまでに心を込めて歌ったことはないというくらいに。  それがどんなに危険なことなのかはわかっていた。  わかっていても、歌わずにはいられなかった。  人魚の歌声が人間を惹きつける力を知っていたから。  効果は絶大だった。  砂浜の向こうから、たくさんの人間たちの声や足音が近づいてきているのがわかった。  すぐに見つけてもらえるだろう。  ほっとしながら立ち去ろうとした。  そのとき、すぐ近くで声がした。 「君は、誰?」  あの人が、意識を取り戻していた。  岩にすがりつきながら、わたしを探していた。  でも、見つけられなかった。  岩のかげに、身を隠していたからだ。 「助けを呼んでくれて、ありがとう」  優しい声に、ついつい返事をしそうになり、唇をきつく噛んで耐えた。  答えれば、あの人だけでなく、ほかの人間たちにも見つかってしまうかもしれない。  絶対に答えることはできなかった。 「できれば会いたい。会ってお礼をしたい。  明日、会いにきてほしい。同じ時間に、この場所で。来てくれるまで待っているから」  あの人の口からこんな言葉を聞くことができたとしても。
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