死の淵の挙式

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 事故、行方不明、大けが、ついでに遭難。それらの不幸に一度に襲われ、私たちは希望を失っていた。無気力に、ただ死を待つことしかできなかった。  母は痛みに悶えながら、時々運転していた自分のことを責めていた。私はなんでもするから、それだけはやめて、と頼んだ。この状況で、事故の原因を、母のせいだ、と私が一度非難してしまったら、収集がつかなくなると思ったからだ。  すると母はただ声を殺して泣きながら、痛みに耐えていた。けれどうなされるなかで、ポツリと、あなたたちの結婚式だけは見ておきたかった、とこぼした。  私はその一言で、泣き崩れてしまった。  無気力と無感情を支えていた、無色透明な芯がぽっきりと折れたようだった。  感情が輪郭を持ち、それらしく形成される前段階の、なにか訳の分からないものが、喉元で大量につまって、呼吸も発生もコントロールできず、ただむせび泣いた。  彼は私を抱きかかえた。私は彼の行動の意味さえ理解できないほどに混乱していた。  けれど、生ぬるく、ヌメヌメとした感覚を手の表面で味わった時、私はいくらかの正気を取り戻した。  彼の血は私の手のなかで、すぐに冷たくなってしまった。  私はどす黒く汚れた手で彼の頬を撫でた。彼は安堵の息を漏らした。私は再び崩れそうになったが、唇をかみしめ、どうにかしてその衝動に耐えた。
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